組織変革を成功に導く実践的手法
適者生存の言葉通り、組織存続の要諦は強者や勝者であることではなく、変化に適応し続けることと言われます。経営者は常に業績向上に挑みますが、一時的な業績向上を実現できたとしても、それを持続することは簡単ではありません。しかも、ほとんどの場合、もとの状態にすぐ戻ってしまいます。
その原因は、業績向上を実現するための土台ともいえる組織を変革することを置き去りにしているからだと考えます。極端なコスト削減や資産運用等で営業外収益を計上する等、一時的な業績向上を実現できる手法は確かに存在しますし、それを実行すればすぐに業績はあがりますが、事業成長によって業績を持続的に向上させるためには、組織を構成するすべての要素を変革することが必須になりますが、それまで続いてきた組織を変革することの難しさに多くが頓挫するため、結果的に業績向上も一時的なものに終わってしまうのです。
はじめに、そもそも変革とはなにを意味する言葉かについて認識を共有しておきましょう。変革とは単なる変化ではなく、元の状態からまったく違うものに変わること、英語のtransformationに該当する言葉です。つまり変革とは、組織を構成するすべての要素が元の状態とはまったく違う姿形や性質に生まれ変わることは勿論、再び元の状態に戻ることはなく、周囲の環境変化に適応して生き残り、持続的かつ大きく成長するために不断に改善されることを意味すると考えます。
本稿では、組織変革を成功させる方法論について考察します。
組織変革が重要である理由
より良き存在になるため
第一の理由は、組織がより良くなるためには変革避けて通ることができないプロセスだからです。
今はまだ小さな組織でも、目指すところは世界に対してなんらかの価値を提供できる存在になりたいというビジョンを掲げています。そのビジョンを達成するために行動することが変革なのです。状況が良くなければ良くしなければなりませんし、ある程度状況が良くなったなら更なる高みを目指していくことを求められます。パーパスを実現した暁には、他に類を見ない偉大な存在として社会に認知されることが可能になるでしょう。すべからく組織が成長を志向するなら、パーパス実現に向けて歩むことが運命なのです。
また、組織変革に成功すると業績が向上します。組織変革に成功した企業の平均的な財務数値(プログラム開始後3年以内)を確認した調査によると、成功企業のTSR(株主総利回り)は市場より40%高く、EBIT(利払前・税引前利益)は開始時の4.3倍、ROIC(投資資本利益率)は同2.8倍、市場シェアは7%アップ、OHI(組織健全度)は四半期ごとに1.3ポイント上昇していたとのことです。
ここで留意すべきことは、変革に成功した場合は上記のような果実を手にできるものの、成功する保証はどこにもなく、むしろ失敗に終わるケースのほうが多数であるという事実です。他社が変革に挑戦する中で、自社だけが現状維持を続ければ、相対的には劣後となり、最終的には敗走の憂き目に遭うことを頭では理解しているのでしょうが、今は上手くいっている(と思っている)ことをわざわざ変えなくても、という考えに囚われてしまったら、そこから抜け出すことは難しいものです。そもそも人間は変革を嫌う性質を持った生き物ですから、強いコミットメントを持って変革に取り組まなければ、すぐに元通りに戻ってしまい、変革は頓挫します。
適者生存の原則
第二の理由は、適者生存の原則があるからです。これは、米国S&P500に留まり続ける企業の顔触れが、次々と様変わりしてきた事実からも明らかでしょう。S&P500にランクインした企業がそのままランクに留まれる平均年数を調べたところ、1958年の調査では61年、1980年では25年、2011年では18年と変遷しています。経営環境の変化スピードと振れ幅の大きさが激化してくるにつれて、ランキングに留まれる年数が短くなっていることがわかります。この状況が続くと仮定すると、今ランクに名を連ねている企業たちの約75%が、今後10年のうちに新たな顔触れと入れ替わることが予測されます。
こうした事実は誰でも知ることができることですから、エクセレントカンパニーの経営陣なら当然打ち手を講じてきたはずです。しかし実際には、危機感を持ったとしてもそれを克服する手立てを実行して、更なる成長に結び付けられたケースは稀であり、存続が危ぶまれるような状況になってさえ何も動くことなく瓦解した著名企業が数多あります。エクセレントカンパニーに対する長期調査において、数十年の時を経て変わらず良い業績をあげ続けている企業は全体の30%強に過ぎず、50%は苦戦を強いられ、残りはすでに存在していないという事実を前にすると、変化に適応できた企業だけが生き残っていくことの難しさと大切さを強く認識すべきです。
変革しなければ劣後になる
第三の理由は、ことほど左様に難しい組織変革の成功確率を高める方法が明らかになってきたため、取り組まなければ他社との競争に敗れ去るリスクが高まってきたことです。経営に関する研究者や、コンサルティング会社の調査等から、組織改革のKFSが紐解かれ始め、その方法論とテクノロジーを活用して、急速に競争力を高める企業が次々と現れています。このような効果的な変革プログラムを実行できる企業は30%ほどであり、残りの70%の企業は「組織変革の7つの罠」に嵌り、成功が覚束なくなっているのです。
7つの罠とは以下の状況を指します。
不誠実:リーダーが有言実行をしない
傲慢:リーダーが人の話に耳を傾けない
臆病:厳しい決断が必要な場面で逃げる
忍耐:肝心な踏ん張りどころで軌道修正してしまう
強欲:あれもこれもと多くを求めすぎる
怠惰:意思決定や言動のスピードが遅い
絶望:難局に対峙すると諦める
7つの罠に嵌ってしまえば変革が頓挫するのも道理ですが、それ以前にマネジメントそのものが機能不全に陥ってしまうでしょう。
しかし、組織変革の成功確率30%が80%近くまで跳ね上がる方法論があるので、下記にその概要を記します。
組織変革における3つのKFS
フレームワークのデザイン
まず、組織を変革するにあたって、業績と組織健全度を等しく重視するフレームワークをデザインします。
業績を創出するためには、原材料やサービスを購買し、社内で価値を付与した製品・サービスを作って、販路を開拓して売るという一連のプロセスにおいて、何をするかを決めることになります。
組織健全度を良くするためには、業績創出活動を追求するために、従業員は、何を、どのように考え、行動すればよいのかについて検討して合意を形成し、決めた事を実行した後、そこから得られる学びを次の業績創出活動にフィードバックするという改善ループを回し続けることになります。
業績と組織健全度の両方にアプローチする場合、一方だけのアプローチよりも持続可能なインパクトが1.82倍になることが、このデザインとなる理由です。
フレームワークの厳格な適用
後述する実行フェーズの5つのステップを念頭に置きながら、業績と組織健全度に関する実行方針をデザインします。概要を以下に記します。
ゴールセッティング
①業績:変革成功時に達成したい戦略目標(定性・定量)を設定
②組織健全度:業績目標達成に資する組織健全度と行動を明確化レディネス
①業績:ゴール到達時のケイパビリティと現状とのギャップの明確化
②組織健全度:具備すべきマインドセットの具体化とシフト施策の検討デザイン
①業績:業績創出を加速する具体的施策とポートフォリオの考案
②組織健全度:新マインドセットを創造する環境整備と変革推進フレームワークの活用アクション
①業績:トライアルによる成功方程式の確立と全社展開
②組織健全度:変革を継続させるためのエネルギー創出と、継続的かつ具体的な変革行動の推進インプルーブメント
①業績:継続的改善を可能にするインフラストラクチャの構築
②組織健全度:変革推進のためのリーダーシップの獲得状況の再確認
非合理性への合理的アプローチ
組織変革のみならず、あらゆる変化に対して人間は感情的に反発する生き物です。この感情的な反発こそ、変革推進のボトルネックになることがわかっていますので、感情的な反発、つまり人間の非合理性にフォーカスして、変革を推進する方法を予め検討しておくことを推奨します。
人間の非合理性とは、「人間は必ずしも合理的ではなく、感情に左右された行動をとる時がある生き物である」とする行動経済学において注目された概念です。古典的経済学においては、人間には感情がなく、常に合理的な意思決定を行うという見解に基づいて、人間の行動と経済を予測していました。しかし、その考え方では説明しきれない人間の行動と経済の動向から導出されたのが非合理性です。
これが変革のボトルネックとなることは想像に難くありません。マネジメントに携わる方々なら、教科書的・教条的な正面突破作戦だけでは、変革が頓挫することを直観的に察知されたかと存じます。しかし、この非合理性を逆手にとれば、効果的な打開策を講じることが可能になります。
人間の非合理性を活用した変革推進策の例を以下に記します。
変革ストーリーは、上から押し付けるのではなく、自分のストーリーは本人に書いてもらうほうがオーナーシップ(自分ごと化)が5倍高まる
自分のやる気の源泉が他人と同じとは限らないことを理解する(80%は自分とは異なる動機で動かされている)
結果の公正性よりプロセスの公正性を担保する(これが欠けると結果が公正でも従業員は非合理的な行動をしてしまう)
定期昇給・賞与を引き上げるより、予期せぬ決算賞与のほうが少額でもモチベーションがあがり、行動で報いたいという強い欲求を生み出しやすい
弱点克服より強みを活かすほうがより大きな成果を得られる(上手くいっていることを活用すれば2倍以上のインパクトが得られる)
インフルエンサーは想定外の人物である(60%のリーダーが非公式的に影響を及ぼしているインフルエンサーを正しく認識していない)
「ベストを尽くせ」ではなく「改善せよ」と求める(ほとんどの人は、自分は既に上手くいっており、他の人が変わるべきと考えている)
また、変革を迅速に推進したいなら、既に経営トップの頭の中に変革ロードマップが明確にデザインされていたとしても、ロードマップ策定に数多くの人を巻き込むこと(インボルブメント)を推奨します。
先述の通り、変革ストーリーは自分でデザインさせるとオーナーシップが5倍になることがわかっているので、自分で自分の変革行動を加速させる効果が期待できることが、その理由です。
優秀なマネジメントチームが自分たちだけでデザインした組織変革が、現場からの反感を買い、遅々として進まないケースや、感情的な反発を招く時は、周囲の巻き込みが不十分であることが往々にしてありますので、インボルブメントについて予め検討しておきましょう。
組織変革成功のための5ステップ
1.ゴールセッティング
業績と組織健全度の現状を直視することから始めます。業界における地位、ポジショニング、顧客の動向、競合の動向、関連法規・規制の動向、テクノロジーの動向等を把握すると同時に、組織健全度診断やキーマンに対するインタビューを行い、ファクトを洗い出しましょう。
この結果に基づいて、3~5年後に到達したい目標を定めます。例えば、業績目標としては、収益性、成長性、顧客のLTV等の定量的な目標を定め、これらの業績目標の達成に資する組織健全度を高めるために有効と考えられるマネジメント手法(エンパワーメント、プライオリティの決定、アカウンタビリティの明確化)の適用を決定します。
2.レディネス
レディネスとは、なにかをするために必要な準備が整っている状態にあることです。ここでは、前段で設定した業績と組織健全度に関する目標を達成するために必要となるケイパビリティの特定と、マインドセット・シフトに関する現状診断、ギャップの明確化、その解決策を策定します。
留意すべきは、従業員個人の能力開発プログラムだけに注目するのではなく、ケイパビリティを獲得するために必要なテクノロジー、マネジメント・システム、行動変容を促すマインドセットについて把握することです。
特に注視すべきはマインドセットの分析です。優秀な人材が懸命に努力しているように見えるのに、誰もが現状に甘んじて、望ましい行動を実践せず、改善しようともしない原因を紐解くことが必要です。多くの場合、完璧主義、減点(事なかれ)主義、批評家マインド等が蔓延っていることが原因であると推察します。
これらの検討結果に基づいて、具備すべきケイパビリティの獲得と、マインドセット・シフトに関するマスタープランを策定、対処するプライオリティを決定して次ステップへ進みましょう。
3.デザイン
業績に関する取り組みとしては、改善範囲、潜在的な影響、アカウンタビリティ、マネジメントルールと評価システム、予算、リソース、主要なマイルストーン等を明確にして、どのような施策を講じるべきか具体化します。
留意点は、プライオリティを決定する際に、業績向上のドライバー間の相互依存性を考慮することです。トレードオフになるドライバーの存在や、実現可能性を加味してプライオリティを決定しましょう。
組織健全度の観点からは、業績向上施策に取り組む関係者の考え方や行動を望ましいものに変容させるリーダーシップの在り方とその開発方法を明確にして、組織健全度の向上施策としてとりまとめ、アカウンタビリティも明確にします。
具体的な組織展開方法として、変革ストーリーの作成、変革を組織に浸透させるための継続的なコミュニケーション戦略、インセンティブ制度、変革ロードマップのマネジメント体制を具体的に策定、キーマンとなる変革リーダーを任命します。
4.アクション
変革リーダーを巻き込んでマスタープランのブレイクダウンを行い、アクションプランを策定します。この時、変革リーダー自身に今後の進むべき方向やトップマネジメントの意思決定内容を理解させたうえで、組織のパーパスや戦略目標を目指す意味、なぜ変革しなければならないのか、なぜ重要なのか、なぜ今なのか、何をどうやってその目標を達成するのか等について、深く洞察する機会を設け、オーナーシップ(自分ごと化)を強化しましょう。
具体的なアクションとしては、変革リーダーを中心とした「変革ストーリー・フォーラム」の開催を推奨します。リーダー自身が作成した変革ストーリーをメンバーに説明、質疑応答や議論を経て理解と共感を得ることにより、メンバー自身も変革ストーリーを作成することが必要であることに気づく機会とします。リーダー、メンバーとも、誰がいつまでに何をどこまでやるのか、共有することで互いのコミットメントを強化するのです。
また、変革推進機関としてPMO(Project Management Office)を設置します。変革プログラム全体を俯瞰して、効果的な推進マネジメントを行うと同時に、調整や必要なサポートを提供する役割を担います。PMOはトップマネジメント直下に配置し、変革リーダーと経営者のコミュニケーションを緊密化することで、変革推進を加速します。
5.インプルーブメント
組織変革プロセスの最終ステップの目的は、継続的改善の仕組みを定着させることです。多くの変革目標が達成された段階まで取り組みが進展すれば、変革リーダーが担うべき役割は、変革から改善へとテーマが移り変わりますから、人選も一新されて然るべきです。PMOも廃止し、変革推進機能は改善モニタリング機能に組み込まれることとなります。
マネジメント・システムの一部に組み込まれた段階になれば、変革のDNAをどのように継承していくかが焦点になります。つまり、変革DNAをリーダーシップ開発とカルチャ醸成にフィードバックして、望ましいマインドセット、考え方、行動様式、価値創造、機会の発見、挑戦の心構えと行動等を、すべての従業員のロールモデルとして確立しましょう。
Appendix
OHD(Organizational Health Diagnosis)
本稿で記した組織健全度の現状診断ツールです。noteの別記事「カルチャを優位性の源泉にする」にてOHDの概要を解説していますので、ご参照いただければ幸いです。
People Consulting
OHDの分析結果に基づいて、ピープル領域をどのようにトランスフォームするか、統合的に検討して戦略としてとりまとめます。EX(従業員体験), HRDX(人事部門変革), HCI(人的資本投資), HCM(ヒューマンキャピタルマネジメント), PA(ピープル・アナリティクス), WFD(ワークフォースデザイン)という6つの切り口から、組織変革のインフラ刷新を支援します。
Change Management
組織変革を成功させるには、経営者の強力なオーナーシップ、リーダーシップが必要です。本コンサルティングはDXの一連のトランスフォーメーションを成功裏に完遂させるサービスであり、組織変革にも適用できます。組織変革の司令塔となるPMOの設置をはじめ、組織変革マスタープラン、ロードマップの進捗管理、課題抽出と解決、調整・修正等、すべてのプロセスを確実に成功にむけて推進します。
最期までお目通しいただきまして、ありがとうございました。ご質問、疑問点、コメントなどがございましたら、お気軽にお寄せいただければ幸いに存じます。皆様にとってなんらかの手蔓となれば嬉しいです。