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カルチャを優位性の源泉にする

カルチャ(組織文化)は、その組織で働く人達が共有している信念、認識、態度、価値観に裏打ちされた行動や慣習のパターンです。

DXを推進するなか、ウォーターフォール型な働き方からアジャイルな働き方への転換が求められますが、難渋する理由のひとつがカルチャとのアンフィットと言われています。

頭ではアジャイルな働き方に変わらなければならないと理解していても、カルチャがウォーターフォール型にフィットするものなら、アジャイルな行動へと変容できないのです。

また、カルチャと業績は相関があるのか、と疑問に思うかもしれません。そこで、一旦この問いを歴史に照らし合わせてみましょう。

例えば、世界史上の大帝国の栄枯盛衰には、カルチャが大きな影響を及ぼしたと考えられています。巨大帝国の権力者は、最善と思しきあらゆる手法を駆使して帝国を治めていたはずです。戦いに敗れた国に対して、自治を認め固有文化を尊重するか否か、どちらのスタンスが帝国の繁栄に役立ったでしょうか。カルチャをどう取り扱うことがよりよい治世の継続につながるかは、巨大帝国の歴史が証明していると考えます。

また、近代経済学においては、アダム・スミス、J.S.ミル、マックス・ウェーバー等がカルチャと組織業績の相関について多くの知見を残しています。例えば、個人の行動に影響を及ぼす要因は、金銭報酬よりカルチャによる制約のほうが大きいこと、また、同程度の資源を持つ国家間においては、労働倫理に優れる国の生産高が、他国をはるかに上回ることなどが明らかになっています。

これらから、企業業績の向上に取り組むにあたり、カルチャ変革が不可避なテーマであることは明らかです。本稿では、目に見えないカルチャを、どう捉えてどう変革するのかについて、実効性の高いアプローチについて考察します。


カルチャが重要である理由

業績を左右する

率直に言えば、カルチャを組織運営や業績に直結する要因として真剣に捉えている方はそれほど多くないのではないでしょうか。しかし、従業員に対して高いパフォーマンスの発揮を促すカルチャを持つ企業は、そうでない企業よりも業績がよいという調査結果があります。

例えば、業界内においては、前者は後者よりも3倍高い株主総利回り(TSR:Total Shareholder Return、値上がり益+配当金)を達成しています。企業間においては、前者は後者より1年でEBITA(Earnings before Interest, Taxes & Amortization:利払い前・税引き前・無形固定資産にかかる償却費控除前の利益)が9%増えています。また、社内においても、部署のパフォーマンスの50%がカルチャの差によって説明がつくとのことです。

この調査結果に基づくと、業績をあげるために行うべき行動がカルチャによって阻害されている可能性が高いと考えます。前例のない取り組みに挑戦して失敗すると二度と復活の機会が得られない減点主義のカルチャより、積極果敢にアイディアを出し、数々の失敗を繰り返したとしても、失敗を恐れてなにひとつ挑戦しないよりは高く評価する加点主義のカルチャのほうが、業績向上のチャンスを数多く創出できるのです。

模倣が困難

それなら、高業績をあげ続ける優れた企業のカルチャをベンチマークして倣えばよいということになりますが、戦略、戦術、事業運営、マネジメントの仕組みをいくら模倣しようが、カルチャのコピーはできません。

例えば、NetFlix, Spotify, GE, P&G, Google, トヨタ、オリエンタルランド、USJ、京セラ、パナソニック、リッツカールトン等に関する数多の書籍を読み込んだところで、カルチャはコピーはできず、自分たちの体験を積み重ねて自社なりに好ましいカルチャを醸成していくしか方法はありません。

「カルチャは戦略を簡単に破壊する(ドラッガー)」「最後の強みは、複製することが難しいカルチャである(ウォーレン・バフェット)」という言葉からも、カルチャが究極の競争優位性の源泉であることがご理解いただけるかと存じます。

ダークなカルチャは組織を滅ぼす

STAR WARSにおけるフォースと同じように、残念ながらカルチャにもダークサイドがあります。例えば、コンプライアンスに関する緩さがカルチャとして蔓延しているケースです。財務の粉飾、不正行為・不法行為の放置・見逃し、不祥事や事件・事故の隠蔽等、各国当局から厳格な経営体制を要求されるグローバル企業でさえ、毎年のようにこの類の事件が表出するのは、いくら建て付けを整えたとしても、それを蔑ろにしてしまうカルチャが定着してしまっていることが原因として考えられます。

この種のカルチャを放置しておくと、最終的には組織の命運を断つ致命傷となります。しかし、カルチャは絶対に変えられないものではないので、なんらかの打ち手を講じることで是正できる可能性はあります。しかし、カルチャ変革が成功するのは3社に1社だけで、簡単ではありません。

では、どうしたらカルチャ変革を成し遂げることができるのかについて考察します。

カルチャ変革における3つのKFS

組織健全度

カルチャを把握するために何をするかと問うと、大部分の方は「エンゲージメント」「従業員満足度」「リーダーシップ」等を切り口とした現状調査を行うことを考えるのではないでしょうか。

しかし、これらの切り口がカルチャを醸成するすべての要素を網羅できているか、さらに言えば、それらの要素は業績向上をもたらすことが実証されているか、そして各要素の調査結果から具体的なカルチャの可視化、定義付け、言語化を適切な抽象度で実現できるか、という点を考慮すると、カルチャ測定に最適化されたフレームワークの活用が望ましいです。

わたしたちが推奨するのは、業績向上をもたらすことが実証された9つの指標を測定するOHD(Organizational Health Diagnosis、組織健全度診断)です。

9つの指標の概要は以下の通りです。

  1. 方向性
    組織のあるべき姿が設定され、社員の日々の行動につながっているか?

  2. リーダーシップ
    社員に望ましい行動を促す効果的なスタイルを活用しているか?

  3. 組織風土
    明確で一貫した価値観や規範を確立できているか?

  4. 役割・権限・責任
    個人の役割が明確で、必要な権限や説明責任が適切に付与されているか?

  5. 業績・リスク管理
    業績とリスクを常に把握・管理し、問題に適切に対処できているか?

  6. ケイパビリティ
    戦略を確実に実行し、競争力を高める組織力と人材を備えているか?

  7. モチベーション
    社員の忠誠心と意欲を高め、最高の成果を引き出せているか?

  8. 外部志向
    外部を巻き込む形で、より効果的に価値を創り出し、提供できているか?

  9. イノベーション&ラーニング
    新しいアイディアの提案を促し、活用しているか?

9つの指標を5段階で評価、カルチャの特徴を読み解き、その原因を推察します。OHDを定期的に測定すれば、各指標の改善度が把握できますし、業績向上との相関も理解しやすいでしょう。

マインドセット・シフト

OHDにより、あるべきカルチャを醸成する手蔓はつかめます。しかし、まだ最も厄介な取り組みである「その気にさせる」ための取り組みが残っています。それは、従来のカルチャの裏側に潜んでいるマインドセットを、あるべき状態にシフトさせるという難題です。

9つの指標の改善策は様々ありますし、ここまで読み進められた方々の頭には具体策のイメージがすでに浮かんでいるかもしれませんが、イメージできたからといって今まで実行してこなかったことが自然に実行できるようになるわけではありません。

現状を把握し、あるべき状態を思い描き、理想と現状とのギャップを理解してギャップ解消策を考え、実行を決断するプロセスを、一段一段登っていくことが必要になりますが、そもそもマインドセットをシフトしなければならないという危機感や必要性、シフトできなければどうなるのかということを適切に理解することが必要です。

それも、従業員個々が、自らの仕事において、自分なりに思い描いていたマインドセットの、何が良くて、どこを改善すべきかを考えることが求められます。

具体的には、第三者によるインタビューやカードソート、テキスト分析等でマインドセットの状況を分析し、あるべきマインドセットへのシフトを加速する施策について検討します。

カルチャ変革にインパクトを与える4つの要素

  1. 納得感
    言葉遣いや習慣を実際に好ましいものに変えたうえで、双方向のコミュニケーションを継続的に行い、カルチャ変革に関する納得感を得るようにします。

  2. 動機付け・プロセス
    ストレスがかかる変革に積極的に取り組んでもらうためには動機付けと適切な変革ロードマップを準備することが重要です。好ましい変化を実践し、成果を出した場合にインセンティブを提供し、高く評価します。同時に、コア人事制度(ランク・評価・報酬・人的資本開発)も改革してカルチャ変革に貢献した人材を厚遇します。

  3. 人的資本開発
    好ましい言動への変容を実現するために必要な知見の習得機会を提供します。アジャイルな働き方を可能にするスクラム、スプリントをはじめ、デジタル人材やビジネス人材になるためのカリキュラムを準備して、リラーニングを推進すると同時に、社内人材による調達が困難な場合には、新たな人材の採用にも取り組みます。

  4. リーダーシップ
    トップ自らが変革を牽引する力強い変革リーダーとなり、好ましい言動を繰り返し実行する姿を見せることが不可欠です。変革リーダーの言動を組織の隅々まで浸透させるには、リーダーの一挙手一投足を真似するから始めることがわかりやすく、トップのリーダーシップが強い組織ほど変化の浸透スピードが加速します。

カルチャ変革においてこの4つの要素は不可欠であり、適切に機能している状態にすることが重要です。

カルチャ変革を実行するなら、他の改善業務と並行して行うのではなく、この取り組みに絞って統合的に実行することを推奨します。

ただでさえ日々のルーティンを実行しながらカルチャ変革に取り組むことは、相当なストレスや負荷を従業員の心身に与えます。好ましいカルチャへの転換は一朝一夕に成し遂げられるものではなく、ある程度の過渡期を経て醸成されていくものです。しかも、長きにわたって染み付いてしまっている従来のカルチャへの揺り戻しや葛藤、軋轢が数知れず発生しますので、一進一退になります。

つまり、他の改善業務にリソースを割きながら片手間で成功させることができるほどカルチャ変革は甘くないのです。4つの要素をひとつとして軽視することなく、統合的に推進することが成功の鍵を握ると認識してください。

成功のための5ステップ

1.ゴールセッティング

将来の業績に最も大きな違いをもたらす文化的要素にフォーカスして、9つの要素ごとのゴールを設定します。まず、先述した組織健全度調査を実施して現状を把握した後、望ましいカルチャ、言動、話すべき言葉をとりまとめ、ギャップを明らかにします。

留意すべき点としては、カルチャという抽象的なテーマを具体的に言語化して、共通認識にしておくことです。

2.マインドセット・シフト

従業員がなぜそのような言動をするのか、その背後にあるマインドセットを理解することが不可欠です。それによって培われてきた強みと、それがゆえに生じた弱みを明らかにしたうえで、望ましいマインドセットをどう醸成すべきかを検討します。

この時、組織全体を変革プロセスにどのように巻き込むかも計画しておきましょう。例えば、トップマネジメントチーム、変革を主導するインフルエンスリーダー、そして全従業員に対して、それぞれが、いつ、どのような段階で変革プロセスに参加してもらうのかを検討します。

3.インフルエンスリーダーの早期参画

新たなカルチャへの変革が成功した時に起こる好ましい変化をストーリーにまとめ、経営者やトップマネジメントチーム、インフルエンスリーダーから全従業員に対してどのように伝えていくのか、具体的な言い回しや表現、いつそれを実行するのかの行動計画とコミュニケーション計画にまとめます。

業績向上によって報酬がどれくらい増えるか、働き方はどう変わるか、リスクテイクはどの程度まで推奨されるか等、これまでのカルチャではできなかったことが、新しいカルチャではできるようになるというインパクトがあるストーリーを考えましょう。

同時に、望ましいカルチャを醸成するうえで必要な人的資本開発も、具体的に設計します。あるべき人的資本ポートフォリオに基づいて、従業員セグメント別の人的資本開発計画を策定すると共に、社内調達が難しい人材に関しては新規採用計画を策定します。

4.実行と実感

主要なビジネス上の施策が、望ましいカルチャを反映した実行方法でデザインされているかを検証します。なぜなら、新たなカルチャをデザインしたところで、日々の事業活動が旧カルチャの価値観でデザインされていれば、新たなカルチャで期待される行動への変容は無理だからです。

新たなカルチャへの行動変容を促すためには、意識の持ち方、コミットメント、諸制度等のサポートインフラも整備されている必要があります。個人ごとにこれらのサポートインフラが機能する状態になっていなければ、いくら行動変容を促されても、これまでの慣性を断ち切ることはできません。

カルチャ変革を強力に推し進めるインフルエンスリーダーの大多数が、強いコミットメントを持てるだけの環境を整えれば、複数の職場でベストプラクティスを確立することができ、それを共有することによって新たなカルチャを組織の隅々まで浸透させることができるでしょう。

5.仕組み化と定着促進

変革を定着させるための仕組みを構築します。望ましいカルチャを強化する行動を、ルーティンやコミュニケーション、システムに落とし込むのです。例えば、採用から退職に至るまでのすべてのプロセスにおいて、全従業員を対象としたタレントマネジメントシステムに、望ましいカルチャを浸透させる役割を課します。

採用基準、入社後の人的資本開発プログラムにおけるカリキュラム・コンテンツ、評価基準、昇進・昇降格基準並びに運用、レコグニション等、新たなカルチャに基づいてデザインされたものに改革し、運用することにより、新たなカルチャの定着が促されるでしょう。

新たなカルチャの定着状況に関しては、組織健全度調査を定期的に実施することにより、定量的・定性的な指標に基づいて継続的に測定しましょう。指標変化をモニタリングすることにより、目に見えないカルチャを可視化できますので、強く推奨します。

Appendix

Organizational Health Diagnosis

カルチャを可視化するのに最適な診断メニューです。本文中で取り上げた9つの指標に基づいて現状を分析、あるべき姿とのギャップを明確化し、改善の手蔓を掴むことができます。同ページにはヒューマンキャピタル領域における現状診断メニューもまとめて表記してありますので、本診断と同時に実施することも可能です。

Purpose Diagnosis

自社が目指す究極目標であるパーパスが不明確な状態では、組織のあるべき姿をデザインすることは難しいです。パーパスはすべての事業活動のコアであり、そこから逆算してあらゆる戦略、戦術、計画がデザインされるものです。経営哲学、存在意義、ステークホルダーからの共感等が、どの程度確立できているかを明らかにします。

DX Diagnosis

カルチャとDXは、互いに影響を及ぼし合う関係にあります。ウォーターフォール型で成長してきた組織のカルチャは、アジャイル型で成長することが求められるDXの阻害要因となるだけに、アジャイル型の成長を促進するカルチャへのシフトが急務になります。本診断は、DXの方向性、的確さ、進捗度等の現状把握に役立つと共に、カルチャの影響についても明らかにします。

最期までお目通しいただきまして、ありがとうございました。ご質問、疑問点、コメントなどがございましたら、お気軽にお寄せいただければ幸いに存じます。皆様にとってなんらかの手蔓となれば嬉しいです。

これからも丁寧でわかりやすい情報提供を心掛けます。よろしければサポートしてください。