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闇の音、闇の色彩 ―イーノアンビエント京都異聞(2)


1. 京都前:スマートスピーカーは一体どの辺りがスマートなのか(承前)


 こちらの指示を毎度の如く、聞き誤ったらしいAI音声がまた同じ文言を繰り返している。
「ハイ。最新のJポップヒットそんぐリストをリビングでシャッフル再生シマス」
 上原はその度に、音楽再生を止めるように再度指示し直さなければならなかった。

 インターネット上には約九〇〇〇万曲の音楽データが取り揃えられており、そこから(本来の機能を機器が発揮できるのであれば)自分の好きな曲を、好きなときに、どこでも聴くことができるはずであった。それは確かに、かつて必死でCDやらカセットテープを収集していた上原からすれば、確かに便利な機械セット一式ではあった。

 だがその一億近い楽曲配信庫の中に、どうしても聴きたい特定の曲が入っていないことも間々あるのだった。
 上原はそれら大手の配信楽曲庫に属さぬ、無頼の無名曲や無名アルバムの一群を、細々と家庭内のハードディスクに保存し、それをスマート機器に直結し、どうにか途絶が起きぬよう、万全の注意を払って音楽を聴いていた。わざわざここまでして音楽を聴く必要があるのかとも上原は思うが、それはどうしても、心の平穏のために必要な気がする。
 そこまでして整えた再生環境であったが、どういう訳かそれら無頼音楽の自作プレイリストを、スマートであるはずのスピーカーがある日、全く何も読み込まなくなってしまった。
 機器がアップデートされたからなのか、今まで、声の指示でどうにか律儀に反応していたプレイリストの数々が一切何も読み込まない。
「そのリストは登録されていまセン」と、AIの自動音声が、上原の指示に対し繰り返し同じ口調で反応している。

 機械が悪いのか、それとも人間である自分が悪いのだろうか、原因は一体何なのか、些細な事務手続きの誤りで、大層な役所に申請が受け入れられぬような苛立ちを上原は感じた。そもそも人間の声を機械が認識することなど可能なのだろうか、とも思う。

 通用門入口で顔認証や虹彩認証が弾かれたときというのはこのような感じなのだろうか。
 今まで動作していたものが、なぜかある日突然動かなくなる。
 やはり機器の設定がアップデートされたのか、それならそうと機器側から何らかの指示があって然るべきな気もするが、音楽再生一つ取ってみても、使っているソフトや装置は幾つにもなり、どこに不具合を訴えればよいのか、どこに訴えたところで結局は「商品ヲ初期化シテクダサイ」と、最も安易なことをAI音声のように繰り返すだけであろう、とこのようなネット関連の技術が絡んだ商品サポート員たちの画一的な態度にさんざ苦汁を嘗めさせられてきた上原は懐疑的な気持ちで思った。
 足が痛い、と訴える患者に対し、碌に話も聞かず「では足を切断しましょう」と無碍に勧める医師に誰が次回も相談しようと思うだろうか。唯々諾々と手足を失えば、次には高価な義足や義手を勧められるような気もする。そのような疑い深い上原はもしかすると性格が捻じ曲がり、多分に人間不信気味なのかもしれない。


 家庭内の無名無頼アルバムを再生できるよう、スマートであるはずの機器が元に戻るまでの間、上原は仕方なく、大手配信会社のAIだとかいう似非人格もその名を理解し、尚且つ、インターネットの一億近い配信曲群にも確実に存在し得る音楽者名を、スマート機器に対し簡潔に発声し、指示する必要があった。

 機器が認識しない名を出せば、また訳の分からないサウンドが鳴り出しかねないし、いきなり招かざる闖入者が大音量でやってくるような、その類の体験はもう懲り懲りだった。
 ここは重要な判断のしどころであった。
 考えた末、上原は次のように、顔のないAI疑似人格に指示した。

「ブライアンイーノを再生」

 これでどうであろうか。

 本来であれば「ブライアンイーノの『ディスクリートミュージック』を再生」というようにアルバム単位で音楽再生を指示したかったが、試しにそのように指示をしても、スマートどころではない機器は、アルバム名、もしくは上原の発言を認識せず、また例の如く、何を勘違いしたのか賑やかなJポップを再生し出したので、必要最小限の言葉で指示をするしかなかった。

 ブライアンイーノという音楽者名は、不具合だらけの似非スマート装置も、流石に認識するようだった。
「ぶらいあんイーノの楽曲をシャッフル再生しマス」と女性AI音声が発言した後、ようやく自動でイーノ音楽がスピーカーから再生され始めた。



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