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回想機構

雨粒が激しく窓を叩いている

深夜に目を覚ます

台風が近づいているらしい

街から生活を奪っていった昨年の被害を思い出す


新しい楽器を買った。


これにはレバーが付いていて、回すことで音色が変わる仕組みになっているらしい

切り替える時のガチャガチャとした音もまた、アクセントとして楽しめるらしい

大きめのため息を肺に溜め込み、ひといきに吹き込む

呼吸に含まれる心音から周波数を作り出し、共鳴機構を伝って伝って可聴域の音を生成する

「この共鳴機構が革新的なんだ」と店主は語っていたが、仕組みについてはさっぱりわからなかった

「まあいい。鳴るんでしょ」とだけ短く伝えて

「それにします」

長い説明を用意していた様子の店主は、話の腰を折られた事に、少し肩を落としていた。

メンテナンスについて詳しい説明を聞いた後、大きなケースに楽器をくるみ、持ち帰った。


深夜にシャワーを浴びた後、1日あったことを振り返りながら、この楽器の包みを解いた。

大きな氷にハイボールを注ぎ、大きめの一口で喉を潤して、楽器を手に取った。


これまでに扱ってみた楽器を思い浮かべる。この楽器に近いのはどれだろう?


レバーを回し、大きく息を吸い込み、一息に吹き込んでみる


少し冷える秋の夜風

デニムを羽織りながら、淡いピンクのワンピースのすそを踊らせる女を思い出す

港から出て港へ帰ってくる日没遊覧船


たった2人きりになった船の中は、うたた寝でみる夢の中の個室


女がたまにみせた笑顔

歯に付いていた口紅を少し恥ずかしそうに拭う姿


言葉を交わすでもなく撮り続ける

個室にシャッター音が響く


「リズムがなんだかキスみたい」


混乱して交錯していく記憶
回想する1000枚の写真
記録されなかったそこにあった感情と感触


店主の言葉を思い出す

「この楽器の音色は記憶なんです」

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