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今のわたしの日々

前回のお知らせからnoteを更新していないのもさみしいし、ライブもないし、久しぶりに日記を書きます。


10時ごろ起床。しばらく布団でゴロゴロしていたのだけど11時過ぎから上の階がなにやら騒がしくなり我慢できずリビングへ。

すでに起きてまったりしていたおさださん(夫)に「なんかうるさいんだけど」と愚痴るも「まあもう昼だしねえ」とたしなめられる。どうやら本日入居の方がいるようす。しばらく真上の部屋が空き部屋だったので、久しぶりに天井から聞こえる足音や物音がよく響く。

12時ごろ駅へ向かうおさださんと一緒に家を出て見送りがてら買い物。日用品を切らしてしまっていたのでスーパーと薬局へ。

我が家には今マスクがほとんどない。先日かろうじて手に入れたのは7枚入りの子供用使い捨てマスクとガーゼマスクひとつ。ガーゼマスクは外出機会の多いおさださんが普段使いする用。わたしはほぼ家にいるので、電車に乗ったりするような外出時のみ子供マスクをつける。子供用でもほぼ問題なく使用できる顔の大きさに産まれてきたことをありがたく感じる日が来るとは思わなかった。

あまり人通りが多くない場所に住んでいるものの、ノーマスクで買い物に出るのは実は少し怖い。マスクをつけて歩いている人とすれ違うたびに「こいつノーマスクでなにしてんだよ」と責められているように感じてしまう。マスクがないんです、ごめんなさい…と思いながらうつむいて通り過ぎる。

ダラダラと買い物をするのは元々得意ではないので、欲しいものをパッと手にとり会計へ向かうと、レジのお兄さんの名札の下に名前よりも大きな字で「喘息」と書かれていて少しくらってしまった。

わたしが仕方なくノーマスクで外出することも、レジのお兄さんが喘息を患っていることも普段ならたいしたことではないのにどうして罪深く責められる気持ちになるのだろうと最初はどんよりしながら歩く。(嫌な世の中だ。誰も悪くないのに!)と悲しみが怒りにシフトしてきたあたりで、誰かに言われるよりも先に伝えて安心感を与えることが自衛にもつながるなんて賢い方法だな、わたしも「近隣住民です。すぐ家に帰ります」というバッジでもつければ気持ちが楽になるかもな、などと思い直して帰宅。自己完結が早いのはこういうとき長所だと思える。

まだあまりお腹も空いてなかったので、ストックしてある大好きなチョコレートドリンクを飲みながらゲームを起動する。

今かなりの人がハマっている「あつまれ どうぶつの森」をわたしも発売初日からプレイしている。

実はどうぶつの森がとても好きだ。初めてプレイしたのは中学生あたりだったはず。そこから新しいタイトルが発売するたびに購入しては毎日の楽しみとしてコツコツ遊んでいた。

前作「とびだせ どうぶつの森」はそれ以前のシリーズをはるかに上回るやり込み要素が満載で、2年はプレイし続けた。そんじょそこらの人よりもどうぶつの森を愛している自信がある。特に博物館・図鑑コンプリートとイベント家具コンプリートに燃えるタイプ。マイデザインは苦手なので配布されるのを待つばかり。

今作はまた前作とは違ったテーマや要素がたくさん加わり、毎日夢中になっている。

Twitterで「和牛商品券よりニンテンドースイッチとどうぶつの森を全国民に配布した方がいい」というツイートがバズっているのを見たけど、わたしもそう思う。少なくとも2週間は余裕で外に出なくて良くなる気がする。

いいですよ、どうぶつの森。誰でもできるしぜひプレイしてみてほしい。

今月の入手を逃すと冬まで手に入れられなくなってしまう魚がいるため、やっきになって釣りをしまくった。途中、初めて釣ったマグロ(わりと釣るのが難しい)をアジ(めっちゃ釣れる)と見間違えて放流してしまうなど吐きそうなほどしんどい時間もあったけど、目的のチョウザメを無事にゲット。やっとうちの島にも服屋さんが来てくれたので全種購入してお着替えを楽しんだり、化石発掘や木をゆらして家具を探したりなどのルーティンをこなしているうちにいつのまにか夕方になってしまった。

ごはんも食べずにひたすらゲームをする30歳主婦。

これが許される我が家。

特になにをやれだの言うどころか「どうぶつの森進んだ?」って聞いてくる旦那さん。ありがたい。

うちは夫婦そろってゲームが好きで、家にいる間はお互いほぼゲームをしていると言っても過言ではない。一緒にプレイする時もあればお互い別々のゲームをやっている時もあるし、ひとつのゲームを順番に遊んだりもする。

今回の「不要不急の外出を自粛」という世の中に対して「外に出なくていいなんてありがたいよね、好きなだけゲームしてられるじゃん」「わかる!!」なんて会話をしてしまう。我が家は平和だと思う。

気をつけることはたくさんある。マスクはないけどその分わたしは外にもほとんど出ない。買い物はいつも通り必要な分だけ。手洗いはもともとしないと気持ち悪いタイプ。「どうせ無縁の話」なんてなめてかかってもいない。普通に怖い。けれど、自分にとって不必要なほど情報を仕入れたり不安を煽るようなこともするべきじゃないと感じる。

うちには地上波が映るテレビはないけれど、今の世の中スマホがあれば日々のニュースは知ることができる。わたしは怖がりだからそれで充分。大人たちが怖い顔をしてなにかを批判したりイラついたり、時にはちゃかしたりするようなものを見聞きする必要はない。自分の不安を高めないために自衛をすることに重きを置いている。この問題についてわたしが公で話せることなんてほとんどない。家族で取り組むべきことをきちんと話したり、情報共有したり、時には愚痴ったりするくらいでいいと思ってる。

いつもと変わらず猫たちやごはんの写真を載せたり、ゲームのことをつぶやいたりしてばかりのわたしは危機感がないあたまの悪いやつに見えるんじゃないか、と常々考えてる。わたしは考えることを放棄して逃げてるだけなんだろうか、もっと不安になったり焦ったりする必要があるんじゃないか、もし自分も普通に外で働いている大人だったとしたら違っていただろう…とか、めちゃくちゃに考える。

考えるけど、どうにもならない。今のわたしは今のわたしでしかないから、そのなかで守りたいものを守り、せいいっぱいやっていくしかない。

今回だけじゃなくて、これまで数々の災害に直面するたびにいつも考えてきた。

3月頭のライブを出演辞退する時には、もう散々悩んで泣いたのだ。というか、今だって毎日悩んでると思う。ノーマスクで歩いてるだけで罪人みたいな気持ちになるんだから。毎日毎日眠れなくて今日だってもう朝。


ね、もうごちゃごちゃだから頭空っぽにして没頭できる好きなことがあってよかった、と思うばかり。わたしは相変わらずやってます。

ライブもないし、会えないから、みんなどうしてるかなってふと思う。

そんな日々を過ごしているところです。



ゆか

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