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心わしづかみ作品 旧川上貞奴別荘にある亀甲寄せ裂の小襖のこと

明治から昭和初期にかけて日本初の女優として知られる川上貞奴(本名貞)の別荘と菩提寺が岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町にあります。別荘は木曽川の景色を一望でき景勝地にある萬松園、菩提寺は別荘から国道21号線をはさんである貞照寺です。
川上貞奴は、1871(明治4)年に東京日本橋に生まれ、16歳で芸子になり貞奴と名乗り、1891(明治24)年に川上音二郎と結婚し舞台女優となり、その後女優を引退しています。
貞奴を語るときに忘れるわけにはいかないのが福沢桃介。彼は、明治から昭和前期に活躍した実業家で、木曽川水系の電力開発に努めた人物であり、川上貞奴のパートナーであったそうです。
萬松園は貞照寺参詣寺のためだけに滞在する別荘として建てられたそうです。主屋は、中庭を囲んで複雑に繋がっており、玄関・広間棟、仏間・客間棟、田舎屋棟、茶室・浴室棟、台所・女中部屋棟から成ります。書院造りに数奇屋の意匠を加え、さらにサンルームなど洋風の意匠もあって、じつに凝った造りになっています。

参考文献
・西和夫、2007、歴史と民俗 川上貞奴の菩提寺貞照寺と別荘萬松園-ひとりの女性先駆者の実績、平凡社

現在は国指定有形重要文化財となり公開されています。広間棟の桐の間の廻縁と天井の間に草花紋の布をボーダー状に廻してあると知り、ぜひ実物を見たいと思い施設見学会に申し込んで参加してみました。
その別荘は図面では24の部屋からなるのですが、部屋ごとにテーマがあり変化に富んだ意匠で、川上貞奴のこだわりが随所に散りばめられていました。1つの部屋の中に照明や建具や窓や床飾りや表具や、もう彼女のこだわりの要素が多すぎて、さらに部屋数が多いため、限られた施設見学会の時間だけではとてもとても見学しきれません。そのため、私の興味関心のある室内装飾に使われている染織という切り口に絞って個人的に改めて調査のために訪問してみました。すると、桐の間の草花紋のボーダーだけでなく、他の多くの部屋にも様々な染織が使われていたのです。
特に、私の心がわしづかみにされたのが、田舎屋棟の藁葺きの洋間にある天袋の小襖です。それは、地色・模様の異なる裂を亀甲模様に寄せ裂した小襖で、使われている裂はこんな感じです。
・紫飛び鹿子文絞染
・白地草花文型染
・薄浅黄地麻の葉文絞染
・紺地霞に紅葉文型染
・薄黄色地破れ菱に蝶文型染
・茶色地並び竹に雀文型染
・紫地小花文型染
・紫地麻の葉文絞染

全体にほつれや破れ、褪色があり、女優の華やかさとは真逆の渋くて古びた印象でした。川上貞奴はなぜこの小襖に亀甲寄せ裂を選んだのか、使われた裂はもともとどのような用途であったのか、彼女の着物だったものなのか、などなどもう興味が尽きません。大きな別荘の片隅にある小襖が私を室内装飾織物という世界の旅に招待してくれた建物がたりです。

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