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読切小説「新聞記事の隅に追いやられた男の話」

読切小説「新聞記事の隅に追いやられた男の話」

点滅信号の十字路で傘をさした男が立っていた。男は何を考えているのかわからない。そんな表情が伺える。

右手でビニール傘を持って、左手には雨に濡れた新聞を持っていた。何か得体の知れない感じはするけど、それが何かなのか私からは理解できない。

知ろうとすればするほど理解することが難しい。一度は通り過ぎた十字路をUターンして、私は再び点滅信号のある十字路へ戻って来た。

中古のワーゲンはエアコンの効きが悪いのか、雨で曇った窓ガラスがほとんど取れることはなかった。

内側から滴る水をタオルで何度も拭いては、曇った窓ガラスから十字路で立つ男の顔を見つめた。停車した私の車に反応しない男。

もっと良く見えるように、向きを少し変えて、男から右斜めの場所に停車した。

サイドミラーで男の様子をジッと見ては観察する。この十字路は時間が止まったように、雨の音しか聞こえなかった。

ザザー、ザザー、ザザーと一定のリズムで雨音がする。まるで耳元でクラシック音楽を聴かされたように一定のリズムが囁く。

ザザー、ザザー、ザザーと。男の傘は水捌けがよほど悪いのか、水飴を垂れ流したように、表面から滴り落ちていた。所詮、コンビニで買ったようなビニール傘が原因なんだろうか。

それとも男の真上だけ、水飴のような雨が降っているかもしれない。サイドミラーから見ていても、正確な判断はできなかった。

私はガソリンが勿体無いと思い、エンジンを切って、手動の窓ガラスから雨が入らない程度に開けた。

そんな私の存在は、存在として男の視界には入らないのか、十字路に車一台(乗っているのは私だけ)。

そして、傘をさして立つ男。と言う奇妙な光景が見れた。

私は銅像みたいに動かない男をしばらくサイドミラーから眺めていた。

これと言って、動きがなかったので飽きてくる。それはそうだろう。たまたま通り過ぎた時、たまたま偶然に見つけた気になる光景。

そんな光景に何かを期待して、わざわざUターンして見てるわけだ。それなのに男は銅像のように動かないし、これと言って動きがないのだ。

そりゃ飽きるだろう。だからダッシュボードから煙草を取り出すと、私は火を点けて吸った。窓ガラスの隙間から煙が、空気の流れに沿うように吸い込まれた。

まるで一反木綿みたいだな。と思ってはサイドミラーを眺めた。

かと言って、男は相変わらず動こうとしない。こうなったら根比べだ。

こっちは車の中だし、有利なのは一目瞭然。男は雨の中を立っている。もしかしたら、これから雨脚が強くなる可能性もある。

だったら、男も動かない訳にはいかない。いつまでも銅像なわけにも……

「えっ!?」と思わず声を出してしまう。動かない男が突然、動いた。

男は足元に傘を開いた状態で置いて、右手で握っていた新聞紙をおもむろに開いた。朝の食卓で父親が朝刊を読むような感じで。

私はサイドミラーと、バックミラーを屈して男の様子を観察した。もう気持ちは昂ぶり、男がこれから起こす行動に期待をした。

もう振り向いてもいいかもしれない。

私は抑えきれない気持ちで、振り向いた。さあ、私の想像を超える行動を見せてくれ。

ザザー、ザザー、ザザーと雨音が男の姿を一瞬で、その場から消した!?

信じられなかった。サイドミラーから目を離したのは一秒とコンマ何秒だろう。だけど、男は傘と新聞紙を残して消えたのだ。

私はしばらくその光景を眺めていた。目を離した瞬間に男が消える光景。そんな光景に出くわすなんて滅多にあるもんじゃない。しかも、十字路の周りに建物や隠れる場所なんて無かった。

一体、どうやって男はその場から消えたのだろうか?私は半信半疑で車から降りると、男が立っていた位置へ歩み寄った。

傘を拾い上げて、雨で黒く濡れた新聞紙も手にした。ザザー、ザザー、ザザーと雨音は聴こえ続ける。

そして私は、何気に新聞の紙面に目を向けた。少し乾いた新聞紙の隅に男の親指の跡が濡れて残っていた。

まるで、その部分を示すかのように。

次の瞬間、私は男の親指の跡が濡れていた記事を読んでいた。ある男が点滅信号の十字路でUFOに拐われた出来事の記事を。

ザザー、ザザー、ザザー、ザザー、ザザー、ザザー。

雨が止んだ時、私は男と同じ運命を歩むかもしれないと。新聞紙の隅に追いやられた男の記事を読んでは思うのだった。

〜おわり〜

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