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読切小説「僕は一人改札口を通って専門学校へ行く」

読切小説「僕は一人改札口を通って専門学校へ行く」

高校を卒業して興味の無い専門学校へ入学した。まだ就職したくなかったし、やりたい事や、夢みたいな目標を考えたことがなかったせいもあるだろう。

「夏休みを利用して、一人旅なんかをやってみると言いよ」

そんなありきたりの言葉を、高校の恩師に言われた。だから、必死でバイトして貯めたお金を近所の川へ橋からばら撒いた。

後で後悔して拾いに行ったら、川の鯉が口をパクパクさせて食べていた。

無駄なことはやめろと、父親が口癖のように言っていた。そんな父親は高校二年生の時、何の前振りもなく蒸発して消えた。

母親との関係は、何の問題もなかったはずなのに。

どこかで父親は我慢していたのかな?

と、最近は思うようになっていた。だけど実際のところ、真相は分からない。もしかして、一生わからない事情かもしれない。

母親に聞こうとは思わなかった。何故なら、母親は落ち込むこともなかったし、普通に暮らしていた。

そんな感じに見えた。全くもって、強い女性なんだと気づかされた。

そんな家庭環境で育ったからと言って、僕は心が病んでるわけではない。

それに世の中を冷めた目で見ているわけでもない。至ってクールに生きてるわけでもない。

自分を偽って、生きるようなこともしない。

つまり、普通に生きているってこと。

僕の中の普通が、人に理解してもらえないとか、そんなこともない。友達もそれなりに居る。

それなりに付き合いもするし、その辺の若者と何ら変わらないんだ。

でも、一つだけ違うところがある。それは誰にも理解できないし、母親だって知らない。まさか自分が苦しい思いをして生んだ子が、そんな子に育っているなんて想像もつかないだろう。

いや、想像さえも浮かばない。浮かんだら、きっと神様かもしれないね。

だから、一つだけ違うところを除けば、僕は至って普通の人と思われているだろう。

思われていることが、僕には大いに助かるんだけど……

ある日、僕は専門学校をサボった。サボった理由はかったるいから。そんな意味のない理由だった。

かったるいからって、サボることが正しいわけではない。だったら、真面目に通っている人に失礼だろう。

意味のない理由って言った意味を理解して欲しい。理解して欲しいのは、もちろん真面目に通っている人を讃えて欲しいからだ。

それが切実なる願いでもあった。

サボって何が悪い。誰かに迷惑をかけたかい?そりゃ、学費を払ってくれている母親には迷惑だろう。

それを別にして、君が迷惑なんて言うのは間違っていないかい?

そんな風に思うけど、君は絶対に理解してくれないんだろうな。昔からそうだったように、今もこれからも理解しないだろう。

だけど、君が理解しないとわかっているのは僕。つまり僕は少なからず、君のことを理解してるつもりだよ。

そこんところは誰にも負けないと自負してる。

氷みたいな雨が降った夜、僕と君は些細なことで言い争った。

些細なことだから、今考えても思い出すことはない。些細なこと。そんなイメージしか頭に浮かばない。

きっと、ホントに些細なことだったんだろう。

先に謝ったのはどっち?

そりゃ、僕だろう。だって先に折れた方が賢い選択だとわかっていたから。

だから言っただろう。君のことは誰よりも理解してるって。

明日には、もうサボろうなんて考えないだろう。わりかし反省するタイプでもあったから。真面目な顔して悪さするタイプじゃない。

どちらかと言うと、真面目な顔して平気で嘘をつくタイプである。それが一番お似合いかも。

なんて友達には思われているだろうな。

翌朝、僕はテレビに映る政治家の演説を観ていた。なんて世の中は忙しいんだろう。僕の知らない世界と僕の知ってる世界は、テレビを通じて成り立っているわけ?

それもまた、これからの宿題になるだろう。君が起き出した頃、僕は一人、改札口を通って専門学校へ行く。

誰にも迷惑をかけないように。

〜おわり〜

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