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読切小説「遊び人のライター」

読切小説「遊び人のライター」

探偵みたいなコートを優雅に着こなす男。男の名前は通称シュガーと呼ばれていた。何故男がシュガーと酒場界隈で呼ばれているかなんては知らない。

ただシュガーと聞いて思うことは、お分かりの通り砂糖。もしくは甘いと連想してしまう。そんな風に考えたのは私だけじゃないだろう。

「あなたは何故、シュガーと呼ばれているんですか?」と私は質問してみた。

噂の男と酒場で出会ったから聞いたのだ。私と男が出会ったのは偶然だったし、男がシュガーと他の客から呼ばれるまでわからなかった。

探偵みたいなコートはトレンチコートなんだけど、思ったより派手な色をしていたので驚いた。探偵のトレンチコート言えば、ブラウンの落ち着いた雰囲気ある色合いをイメージだった。

だけど、男のトレンチコートは真っ赤なトレンチコートである。大衆酒場でそんな格好していたら目立つわけだが。

「君の質問に、私は答えなければいけないのかな?」とシュガーが渋い声で言う。

「いえ、もちろんあなたが嫌なら無理には言いません。ただ噂のシュガーさんに会ったら、是非とも聞きたいと思っていたので」と私は正直な気持ちを言った。

すると、男は含み笑いをしつつ、僕にお酒を一杯奢ってくれた。モスコミュールを差し出し、男はトレンチコートの襟をそっと触りながら見つめ返した。

その目には、明日の光景を映し出すような目に思えた。明日は明日で未来への希望。そんなことを言いながら、男はトレンチコートの襟を直した。

よっぽどトレンチコートの襟が気になるのか、男は何度も襟を直していた。真っ赤なトレンチコートが似合うこと似合うこと。

顔は整っていたし、指一本一本も細長く美しい関節をしていた。

「そもそも誰が名付けたのかね。私ことをシュガーなんて。センスが良いと思いますか?もしも、もしもあなたが、シュガーなんてアダ名を付けられたらどうします?」と男は言ってから、モスコミュールを一口飲んだ。

男はモスコミュールを二つ頼んでいた。モスコミュールは、悪ふざけのない味をしているからと教えてくれた。

「正直なことを言いますと、センスのあるアダ名とは思いません。初めて聞いた時、バカバカしい名前を付けたもんだと」と私も正直な感想を言った。

「シュガーさんは、快く思ってないんですね。自分のことをシュガーと呼ばれていること。違いますか?」

私の質問に男は何も答えなかった。沈黙がグラスの氷を溶かして、二人の間に、わだかまりの水が滴り落ちる。

沈黙に耐え切れず、私はモスコミュールを一口飲んだ。すると、男も肩を少し動かして、ポケットからシガーを取り出した。銘柄は外国産なのか、アラビア語みたいな文字で綴っていたので解読はできない。

「あなたはシガーを吸われますか?もし吸われないようなら」

「どうぞ、特に気にしないので吸って下さい」と私は伝えた。

男は小さな声で失礼と言ってからシガーを一本取り出すと、いつの間に用意していたのか、掌から黄金色のライターを披露した。

披露したと思ったのは、男の仕草があまりにも華麗で手品師のように、掌からライターを出したからだ。

黄金色のライターは音も無く、男の親指から灯るようにオレンジの炎を着火させた。

「あなたは火遊びをしますか?」と男が唐突に質問してきた。

「火遊び?さあ、どうなんでしょうか。情けないですが、自分の容姿に自身がないので無いんですよ。若いうちに遊んでおけば良かったんですけど、今さらこの年齢で遊ぶなんて考えたこともないです」

「はは、あなたは正直な人ですね。確かに、あなたは遊び人ではなさそうです」男はそう言ってシガーに火を付けた。

「どうです。ここらで遊び人になりませんか?人生観が変わりますよ。今日まであなたは真面目に生きてきた。それはわかります。あなたはいつだって、自分の幸せを大事にしてきた。私にはわかるんですよ。不思議とあなたの人生が見えますから」と男が煙を吐きながら言った。

「あの、おっしゃってる意味がわからないんですけど!?」と僕は言葉を返した。

「ああ、すいません。そうでしょうそうでしょう。わからないでしょうね。だったらこうしましょう。あなたにこのライターを差し上げます。そしたら、あなたの気に入った女性の前でライターを点けてごらんなさい。そうすれば、あなた自身に変化が訪れます。もちろん私の言ってる意味はわからないと思いますが、それはそれで特に気にしませんから。さあ、どうぞどうぞ」と男は黄金色のライターを差し出した。

半ば無理やりな感じもしたが、私はせっかくなんで、男からライターを譲り受けた。

それから他愛ない会話をしてから男と別れた。男は去り際に、「火遊びは程々にして下さいね」と告げた。

この時、男が何を意味して言ったのかはわからなかったけど、後日、私はこのライターを女性の前で点けてゾッとした。

火遊びのライターは、相手の気持ちを操る恐ろしい炎。決して悪ふざけで使う物じゃない。私はライターの炎を見つめては思うのだった。

〜おわり〜

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