合作小説「きっと、天使なのだと思う」
合作小説「きっと、天使なのだと思う」
第7話
「‥‥‥‥‥‥」
目を覚ますと、そこには見慣れない景色が広がっていた。真っ白な天井が広がり、傍らからは一定の機械音が響いている。
さらに、いつの間にか横たわっている身体は肌触りの良い布に包まれ口元には何故か透明のカップが被せられており、絶え間なく空気が送られていた。
「‥‥‥‥‥‥?」
状況が飲み込めず、冷や汗を流しながら目をギョロリと動かした。やけに怠い身体は、右手を数センチ動かすのがやっとだ。そして、よく見ると、そこからは無数のチューブが繋がっており天井からは液体が入った青い袋がぶら下がっていた。
「羽田さん! 羽田さん、分かりますか? 気が付きましたか?」
その時、白衣を着た女性に声をかけられた僕は、やっと状況を理解することが出来たのだった。
機械音の正体は、心電図モニター。肌触りの良い布の正体は、ベッドのシーツと病院から支給されたパジャマ。
透明のカップの正体は、酸素マスク。右手のチューブの正体は、点滴のチューブ。そして、青い袋の正体は、点滴パックだ。
ここは、病院だ。‥‥‥集中治療室だ。
僕が目を覚ましたことにより、周囲の医者や看護師は慌ただしく動き始めた。その様子を、僕はベッドに横たわったまま、ただ眺めることしか出来なかった。
一体、何が起こっているのだろうか。つい、先ほどまで一緒にいたはずのクラリネットやテトラ、アルファベットの姿は見当たらない。お城のような屋敷も、美しい螺旋階段も、窓から見えたイロイロという品種のブドウも、螺旋階段の先にあった、僕のマンションのドアも――
今までの出来事は、夢だったのだろうか。幻だったのだろうか。
それとも、この世とあの世を繋ぐ『異空間』だったのだろうか。
「雪道っ! 良かった。お母さん、心配したんやで‥‥‥っ!」
その時、滋賀の実家にいるはずの両親が、ベッドの傍まで駆け寄ってきた。母が僕の胸元で声を上げて泣き、父は安堵の表情を浮かべている。
「‥‥‥母さん、泣かんでもええんやで‥‥‥俺、大丈夫やから‥‥‥」
口から自然と零れたのは、慣れ親しんだ方言だった。上京してからは使う機会が減っていたのだが、自分にとって自然体でいられるのはこの話し方なのだろう。
その後、医師からこの病院に搬送されるまでの経緯について説明を受けた。六日前、僕は会社から帰宅途中に、信号無視の車に跳ねられたらしい。
車は逃走、僕は頭部強打で意識不明の重体だった。とのことで、実家から駆け付けた両親は死を覚悟していたという。
「奇跡ですよ。良かったですね」
ほっとした表情を浮かべた医師の隣で看護師が手際良く、点滴パックを外した。そのパックを横目でチラッと見ると、中に少しだけ青い液体が残っていたような気がした。
その時、脳裏にあの青いワインとクラリネットお嬢様の言葉がふと浮かぶ。
「そうだ!!帰りにワインをお持ちになって下さい。そうね、そうでしょう。きっとあなたは嬉しいでしょう」
第8話に続く‥‥‥
葉桜色人×有馬晴希
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