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読切小説「謎めいた女の言葉に共感した夜」

読切小説「謎めいた女の言葉に共感した夜」

歌舞伎町の路地裏は、季節関係なく裏の人間が噂話と秘密めいた会話を交わしてる。

裏を返せば、大小問わずオモテに出せない真実がこぼれているのだ。

そんな表沙汰できない話がビー玉となって転がれば、拾って持ち帰る人間もいる。

もしもそれがヤバイ話しだったらどうする?

その人間はまたとないチャンスだと思い、そのヤバイビー玉を懐に隠して利用するかもしれない。

ほら、今この瞬間にもヤバイビー玉を拾う人間がいるぞ!!

真っ赤なヒールを履いた女が路地裏に立っている。仕事を終えて、僕は家路へと急いでいた。職場から歌舞伎町の路地裏を通るのが近道だったから選んだのだ。

時刻は終電ギリギリの時間帯だった。そんな時間に一人で立つ女ほど怖いものはない。横目でチラッと見てから思った。

だから、僕は早足で通り過ぎようとした。そんな僕に女は声をかけてきた。

「お兄さん、ずいぶんと悩みがありそうね?」と女が言う。

路地裏の影から細長い煙草を吹かしながら女が立っている。真っ暗な路地裏に、空からの月明かりが怪しげに帯広で射していた。

斜めに射し込んだ月の光。女の口元と腰の辺りを照らす。分厚い唇に細長い煙草がストローみたいだ。

煙が帯状になってメビウスの輪を描く。そのあと女の後方へと消えて行った。

「どなたか知りませんが、特に悩み事なんかありませんよ。もしかして買って欲しいの?」と小馬鹿にするように言い返す。

「悩みの無い人が居たら、きっと世界はガラクタになるでしょうね。悩みがあるから成り立つのよ。世界平和というカタチがね」

女の意見に共感する自分がいた。悩みがあるから成り立つ。それはそれで、面白い考え方だった。だけど、歌舞伎町の女と関わったら、きっと痛み目に合う。

昔から神話みたいに語り継がれていたからだ。少しだけ興味は惹かれたが、ここで女と飲みに行こうものなら最終的に後悔するだろう。

僕は家路を選んで、女との会話を続けずにその場から立ち去った。

歌舞伎町では、こうした変な女が現れるなんて日常茶飯事だ。もしかしたら数日前から、僕に目を付けていたかもしれない。よくある話だとネオン街を背景にして、僕はアパートへ帰った。

数分後、僕はアパートの大家と、外で煙草を吸った。なんてことない会話を少しだけ交わして、昔と変化した夜空を眺める。

ちょっとした習慣になっていた。こんな風に夜空を眺めることが。僕は悩みの種をポケットにしまい、あの女の言葉を思い返すのだった。

悩みの無い人が居たら、きっと世界はガラクタになるでしょうね。

まったくそうかもな……と小さく呟いては、夜空を見上げるのだった。

~おわり~

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