読切小説「部屋に生えてきた彼女」
読切小説「部屋に生えてきた彼女」
掃除機で部屋を掃除しながら、僕は部屋に生えた彼女のことを頭で考えていた。
そして僕は、気の抜けたビールみたいに肩を落として、昨日一日の過ごし方を振り返った。
あれは某都内のオシャレなカフェテラスで、彼女と昼のランチを食べているところだった。今年は必ず二人で秋の紅葉を見に行こうと、彼女が計画を話していた。
「紅葉ね。それもいいけど、温泉なんかも行きたいな」と僕は言った。
「温泉ね。それも素敵だけど、今年は絶対に紅葉を見たいわ。だって、あなたと一緒に行けるなんて夢みたいな話だわ」
「おいおい、それは幾ら何でも大袈裟じゃないか」と僕は笑いながら言葉を返した。
「大袈裟じゃないわよ。あなたって仕事が忙しくてなかなか会えないでしょう。今日だって、三週間ぶりに会えたのよ。まあ、仕事が忙しいのは仕方がないけど、今度の連休は、必ずあなたと紅葉を見に行こうと決めてたの」
今の彼女と付き合って、かれこれ三年の月日が経っていた。付き合い当初は、いろんな所に旅行へ行ったり二日に一回は会って遊んでいた。
それがいつの頃か、僕の仕事が忙しくなり段々と会う回数も減ってきたのだ。それでも僕たちは上手く付き合っていた。
彼女も彼女で、そんな付き合いに文句も言わずにやってくれていた。だからこそ、来週の連休は必ず僕と、紅葉を見に行こうと張り切っていたのだ。
「わかったよ。でも、一つだけ良いかな。君と一緒に行く日は木曜日で火曜日と水曜日は無理なんだ。実は言ってなかったけど、火曜日に親が田舎から来るんだよ。僕もずいぶん会っていないから、その二日間だけはすまないけど。まあ、今回は五連休もあるしね。だから残りの三日間は君と一緒に過ごせるよ。なぁ、それで良いだろう」
僕の提案に、彼女はしばらく何も言わないまま見つめていた。まるで、僕の心の中を覗いているような目だった。
カフェテラスの席に座っている他の人たちも、僕のことを無言で見つめている気がした。そんな風に感じたのは、きっと僕の心にやましい気持ちがあったからだろう。
それは何故かって、それはやましい気持ちがあるからに決まっている。
僕は一年前から他の女性と付き合っていた。
もちろん彼女にバレていないと思っていた。だけど実際、彼女は知っていたのだろう。
だから彼女は翌朝、僕の部屋に生えてきたんだ。僕の嘘を暴こうとね。
きっと君は知っていただろう。だから僕の部屋に生えてきたんだよな。
掃除機を止めて、何も喋らない彼女を見つめた。その目はカフェテラスで見た、心の中を覗く目と同じだった。
~おわり〜
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