第25話「キッシュを食べ終えた頃」
第25話
親友と飲むのは久しぶりで、僕は調子良く昔話に花を咲かせていた。年齢を重ねると、昔話ばかりになってしまうのか?十代の頃とは精神的に違った。現在の僕は、明らかに調子に乗っていた。それさえも気づかないまま、大事なことも忘れる始末だった。
今夜の飲み仲間は幼馴染の鞘。彼とこうしてサシで飲むのは本当に久しぶりの事である。
「そうやねん。俺らが小学校の頃なんて、野良犬が運動場に入って来たもんや。それやれのに、今年入った新人に話したら、何も反応せえへん。ほんまびっくりしたわ」
「あったあった。最近は確かに野良犬を見なくなったな。近頃の若い子は知らないんじゃないか。そんなのも時代の流れなんだよ」と僕はお気に入りのジャックダニエルを一気に飲み干しては上機嫌に笑った。
「あれ覚えてるか?お前と一太が教室に野良犬を連れ込んだやろ。ほんなら担任の水野がキレたやろ。あれはホンマ面白かったわ」と鞘も珍しく大きな声で笑っていた。本来、しょうもない話しはあまりしなかったからだ。
「でもな、水野先生って、あの頃から頭が薄かったやろ。言うても、今の俺らと歳は変わらへんのやで!!びっくりするやろ」
「そうなんだ。ってことは、当時三十代ってことか!?それは驚きだな。だいぶん薄かったぜ」
こうして昔の担任を思い出したとき、今の自分とあまり年齢が変わらなかったことに驚くしかなかった。小学校のとき、先生なんて全員おっさんとおばさんというイメージしかなかったからだ。いざ自分がその年齢になると、不思議に歳をとったと思えなかった。
こうして鞘とサシで飲みながら、こんなにも楽しかったことは初めてだった。以前のこいつなら仕事の話しや、これからの将来をどんな風に生きて行くか。そんな未来ばかりの話しをしていたからだ。
歳を重ねると、少しずつ考えも変わるんだろう。僕はこのとき、鞘の様子を見て楽観的に考えていた。学生の頃に過ごした思い出を共有しては、今の僕たちと重ねて昔が良かったと思う。
そして、今に満足していない自分が遠くのテーブルで見つめているようにも思えた。
数時間後、【ヒエラルキー】を出たら時刻は十一時過ぎだった。少し酔った勢いで、僕は二軒目に行こうと鞘に話しかけた。どこでもいい、キャバレーかスナックならまだ営業している。
「そやな。もう一軒ぐらい行ってもええかな」と鞘が星の無い夜空を眺めながら言う。
「お前と、こうして一緒に飲めるのは最後やからな」と鞘が聞き捨てならない言葉をボソッと言った。
「なんだよそれ?」
「俺な、仕事辞めようと思ってんねん。なんか色々考えたら、今しかないって思ってな」
「それ本気で言ってんのか?不動産の仕事はやり甲斐があるって言ってたじゃないか?」と僕は鞘の背中に向かって聞いた。
「本気にしても、最後って大袈裟だよ。何も会わなくなるわけじゃないだろう」
「なあ、殴ってもええか?」
「……えっ!?」と僕は鞘の言葉に耳を疑った。
そして、無口な背中が振り向いた瞬間、鞘の拳が僕の頬をおもいっきり殴りつけた!!不意打ちで殴られた拳の勢いのまま、僕を地面へ倒れた。
右の頬に熱い塊を感じて、唇の端から血の流れる感覚が走った!!指先で唇に触れると、熱い感覚がジンジンと脈を打っている。何故、鞘が突然殴ってくるんだ!?
僕は意味もわからないまま、鞘を見上げる事しかできなかった。
第26話につづく
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