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価値を付加しないと売れねえものなんて最初から売るんじゃねーよ


「新しい企画についてだけど、そのアイデアは目新しさもないし、そもそもユーザーは価値を感じないよ。もっと革新性あるものを出さないとダメじゃない?自分でどう思う?」

頭が薄くなっているのを必死に隠すようにジェルで固められ、集められた髪がいやらしく光る。
微妙にサイズが合っていなく、誰が着ても普遍的に似合うはずであるジャケットが似合っていないのは、こいつの背格好が醜いからだろうか。口を開けばグチグチと抽象的で曖昧な話ばかりで、明確な考えやアイデアは自分から決して出さないくせに、人にばっかり批判的な意見を繰り返す。それにも関わらず私よりもいいポジションにいる。そんなことに腹を立てている自分に腹が立ってくるが、ここで不満を漏らしてしまえば後30分はこの不毛な時間が続くのが見えている。

「黙っててもわからないんだけどさ。ちゃんと物事考えて生きていかないと、これからの時代君の価値なんかどんどん薄らいでいくよ?自分で考えて動いて付加価値をつけてかないと。企画も商品も人間も同じだよね。なんでも比べられて、付加価値が多いやつだけが勝ち上がっていく。選ばれなかったやつは誰にも注目されず地味に生きてくしかないんだよ。ちょっと美人だからってボーッと生きてちゃダメなんだよな。だからさ、君ももっと頑張らないと。」

気づけば企画のアイデアの話から人格否定の話になっている。どうして仕事の話で人格まで否定されなければならないのか。自分の中で沸々と何かが沸き立つ音が遠くで聞こえる。それを必死に遠ざけるように、口角を少しだけ上げるように意識して、これから言うべきセリフを頭で反芻する。すみません。もう一度考え直します。貴重なお言葉ありがとうございます。私とは違ってあなたは、すごく良いアイデアをそれはもうきっとお持ちなんでしょうね。いっそのこと、あなたが一度考えてみてはいかがでしょうか。そんなこと言うあなたには、付加価値がさぞたくさんついているでしょうし、とても素敵だと思います。むしろ付加価値が多すぎて、本質的な価値が見えないほどだと思います。付加価値の重要性を語ってきたのに、そのせいで本質的な価値が見えなくなるなんて皮肉ですね。ハハハ。薄ら寒くて笑えないですね。ごめんなさい。

ダメだ。こんなことを言ってはいけない。俯瞰して自分の思考を捉えようとしてみても、次から次へと黒いドロドロとしたものが溢れかえってきて、自分の頭がいっぱいに満たされ、だんだんと体中の穴から漏れ出てくる。いけない、今夜は同期とのご飯があるのに、こんな汚いものがついた洋服ではとてもじゃないけど行けない。早くこの黒いドロドロを止めないと。そんな風に考えてることさえ辞めたくなってきて、意識が飛びそうになる。

「おいおい、聞いてんのかよ。ていうかどこ見てるの?目の焦点合ってないんだけど。人の話を聞く時は相手の目を見る。それとわかったら返事ぐらいしような。」

目の前のもはや人かどうかもわからない生き物がなにかを発している。こいつは一体なにを言っているんだっけ。私はなにが目的でここに立っているんだっけ。なんだか、なにもかもが面倒くさくなってきた。もう全て投げ出しても良いかなあと思いながら、ギリギリで立っている。そうだ。こいつにこんなこと言われる筋合いはない。付加価値なんてクソ喰らえだ。息を吸い込んで声帯を振るわせろ、発しろ、叫べ、思考を全て吐き出せ。

「価値を付加しないと売れねえものなんて最初から売るんじゃねーよ。付加価値がないと認められないものは消えろ。手始めにお前が最初に消えろ。」

そういえば家を出る時、洗濯物を干し忘れたな。そんなことがフッと空っぽな頭をよぎった。

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