ねぇ、80年代の歌、かけてもいい?
「俺たちの高校生活って、なにもなかったよな」
部活も勉強も駄目、彼女もいない。
「こんなシラけた学校あるかよ」
高一の秋に覚えた台詞を、30過ぎまで吐いていた。
不思議な時間だ、高校とは。少し大人になって、中学のようなバカもしない。つまらない大人になる予行演習の時限のようだ。
1991年
バブル景気のおこぼれも高校生まで回ってこない。大学に行き、会社に勤め、結婚して死ぬ。今と違って一生が見渡せる時代。
「夢は?」
と聞かれ、
「あたたかい家庭をつくって、温和に暮らすこと」
担任に告げると、いやな顔をされた。
「疲れた大人のような答えをするもんじゃない」
「先生は思わないんですか」
「それ以上の生活はないんだって」
「思わないな」
「夢を語ったらどうだ」
「本気で考えてくださいよ」
「本気で、です」
「本気で、」
「そう、本気で、、、」
「本気で、、あたたかい家庭で温和に暮らしたいとは思わないんですか」
「むぅ、、、」
「、、、、、」
「暮らしたいかもしれん」
「サザエさん一家のように暮らせれば御の字なんですよ」
「俺たち平凡な人間なんて」
「おまえな、マスオさんが楽だと思うのか」
「なんの取り柄もない僕らに最高のお手本です」
「取り柄ぐらいあるだろう」
「これからの人生、それで生きていくんだ」
「18年生きてきて、一つも見つかりませんでした」
「それを、マスオさんが聞いたらどう言うだろうか」
「僕と同じだね、って言いますよ、きっと」
「はぁー」
「はぁー」
最後だけ息が合う。
俺だって本当はスーパースターになりたかった。
岩崎恭子は14で、バルセロナオリンピック金メダル。
YAWARAちゃんは5大会連続五輪出場、金2銀2銅1。
松井秀喜は、甲子園で5打席連続敬遠。
彼らと違うことくらい理解できる。
ただ、才能がなければどうにもならない。
大人になるとは選択肢が狭くなってゆくこと。多少の自由と引き換えに、果てしない夢が無様にしぼんでゆく。
スポーツも、
勉強も、
音楽も駄目。
絵画はもってのほか。
なにも残っていないではないか。
突破口になる武器もなく、亀仙人のような師匠もいない。人生は漫画ではないということだ。
1990年
地元にはじめてカラオケボックスができた。悪い遊びをする奴らが行き、徐々に俺たちまで広まってくる。
「パナツーにカラオケボックスできたんだって」
「は? あんなとこに?」
街外れの小さな電気店に、安いカラオケボックスが立った。
80年代のカラオケはスナックで親父がくだを巻くだけの場所。90年に近づくと、カラオケボックスが流行り始める。
「カラオケって恥ずかしいイメージがあるかもしれません」
「でも待ってください」
「仲間だけで小さな場所で歌うと、恥ずかしくなーい」
「むしろ最っ高なんです」
「え? 信じられませんかー?」
「最初はみなさんそうなんですー」
「でも、歌ってみれば分かりますー」
「最っ高ってー!!」
馬鹿そうなレポーターが話していた。
「そんなわけないだろ」
「人前で歌うとか」
「頭おかしいのかよ」
当時カラオケボックスは、輸送用コンテナを改造したものだった。あの大きさが丁度よかった。
「パナツーのもコンテナのやつ?」
「おう」
話を持ちかけた大場に聞くと、そう言ったが実際はプレハブだった。
「おまえ、本当に来たことある?」
「は?」
妙な所にこだわる俺の話は、しばしスルーされる。
はじめて歌ったのは高一の時だ。
「俺さ、今度Aさんここに呼んで、一緒にカラオケするわ」
氷室京介を歌ったあと大河内はイキって必ずそう言ったが、30年以上たった今でも呼べないでいる。
カラオケにハマった。
冷房がギンギンに効いた小綺麗で薄暗い室内に、怪しく赤や緑のランプが灯る。電子機器の匂いが、バブルに沸き立つ大人の世界に触れさせてくれた。
真夏になるといつも、30年前のパナツーを思い出す。
「ねぇ、80年代の歌、かけていい?」
助手席に女の子を乗せると、当時の歌を流す。
80年代なんて知らないから、
「なに、そのダサい選曲」
不満げな表情を浮かべる。
曲が流れると恥ずかしそうにする。使われなくなった強い語彙に感じるのだ。
男は皆知らないけれど、女はシンプルな言葉に弱い。
「夜のデートは危険すぎるから」(COMPLEX)
「ビキニがとってもお似合いですと、肩など抱いて」(ピンクレディー)
「あなたに逢えるまで眠り続けたい」(ラッツ&スター)
近年なら避ける言葉だ。荒くて、強すぎる。
だが感じる。
昔、とてもシャイな生徒がいた。彼が好きだと言った音楽を聴くと、すべて俺へのメッセージになっていた。なにかあった時や、卒業の時にくれた。
奴は中学のころからモテていたが、意中の女子にも音楽でメッセージを送っていたのだろう。20年代のプレイリスト、聴いてみたいものだ。
昨日、旧友の林から盆休みに帰るとメッセージをもらったから、真夜中にパナツーのことを思い出していた。
高校時代は無駄な空白だったが、日常の端々に青春時代が滲む。柔道場で飲んだ冷たい瓶入りのジャワティー、廊下で笑顔をくれた美女の額に。
小さな学習塾を経営しているわけも、当時の空白を学び舎の絵で埋めるため。
無駄な空白が私のすべて、なのかもしれない。
お読みくださいまして、誠にありがとうございます!
めっちゃ嬉しいです😃
起業家研究所・学習塾omiiko 代表 松井勇人(まつい はやと)
下のリンクで拙著の前書きを全文公開させていただきました。
そんな主題。是非ぜひお読みくださいませm(_ _)m
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5名の仲間の分も、下のリンクより少しづつ公開させていただきます。
是非お読みくださいませ(^○^)
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テーマは、、、
起業家はトラウマに陥りやすい人種です。
トラウマから立ち上がるとき、自らがせねばならない仕事に目覚め、それを種に起業します。
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