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恋の力

「オムツはよう抱かんって~…」

おばあさんは落ち込んでいた。
いつも元気一杯、冗談ばかり言っては場を和ましてくれるムードメーカーだったが、そんなおばあさんでも落ち込むことはある。

しっかり者のおばあさんは、とある方に恋をしていた。そのお相手は施設の相談員さん。
いつもは陽気で下ネタも多彩に操るおばあさんも、相談員さんが目の前に来るとタジタジ。その恥じらう姿は、要介護がどうだとか認知症がどうだとか、小さなことだと思わせる。そんな素敵な姿に見えた。

ある日、覚悟を決めたおばあさん。
ついに思いを打ち明けた…ッ!

「う~ん…オムツはよう抱かんなぁ~…」

そう。おばあさんはオムツを使用していた。トイレに行けないわけではなかったが、億劫がって行かなかったり、失敗もよくみられた。
落ち込むおばあさん。もちろん相談員さんが悪いわけではないし、本人たちの関係を差し置いてとやかく言うのは無粋だ。でも、おばあさんが元気がないのは寂しい。
しかし、おばあさんは決心した。

「と~もくん!おトイレ連れてって~」

おばあさんはオムツからの脱却への道を、自らの意思で歩み始めたのだ。職員さんたちも半ば諦めモードだったようだが、これはチャンスと俄然やる気に。双方の見つめる方向性が重なった瞬間、堂々と再告白へのカウントダウンが始まったのだ。

そこからは早かった。というかおばあさんはそもそも尿意も割と最初の段階でハッキリとわかってきて、排便もしっかりいきむことが出来たので、そこまで苦労するものではなかった。

おばあさんは自信を取り戻した。
自分を卑下し、どうせ歳いってるしなと、時折悲しそうにつげ、その思いをひた隠すようにいつもは元気に振舞っていたのだ。
だがオムツが外れて、おばあさんは輝きを取り戻した。色んな人に自慢し、得意気にトイレへの声かけを自ら行うように。その凛々しい姿は、全介助がどうだとかボケてるからどうだとか、小さなことだと思わせる。そんな素敵な姿に見えた。

そして再び、好意を寄せる相手へと、その思いをつげることができたのだった。

おばあさんが再び輝いた生活を取り戻したのは、間違いなく恋の力だ。だが、おばあさんは一回目で諦めて、もう一度告白することはなかったかもしれない。
もう一度言おうとしたのは、オムツが外れたからだ。オムツが外れて、元々元気だった人がさらに元気になって自信を取り戻した。まるで自分自身に生き返ったような蘇生感があって、もう一度告白してみよう、という春の息吹に見舞われたのだ。

その人らしい生活を支援するということは、突き詰めるとこういうことだ。選択ができる生活を僕らがどれだけ用意できるかということだ。

もう一度思いをつげる。
おばあさんは、オムツが外れたことで、その選択肢を選ぶことができたのだ。

告白の結果がどうなったかって?
それを聞くのは野暮ってモノだ。
ただ、当然ながら相談員さんにも選択できる権利があるってことだろう。

おばあさんはいつもより元気に笑っていた。

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