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持って帰んなよ

夫が二泊三日の出張から無事帰宅した翌朝、夫の部屋に掃除機をかけながらふと仕事机の上に目をやると、宿泊先のホテルのアメニティグッズの剃刀が一つ、大事そうに置いてあるのが目に入った。
ああ、また持って帰ったのか・・・。
もう触る気もせず、そのまま放置して部屋を後にした。

この人はホテルや旅館に滞在すると、必ずこの手のアメニティグッズを持ち帰ってくる。毎回、どんな宿泊施設でも、である。
剃刀の他にも歯ブラシ、シャワーキャップ、綿棒は定番である。
アメニティグッズではないが、部屋に備え付けのお茶のティーバッグなども持ち帰る。置いてあるお菓子は現地で全て消費してくるらしいが、お茶は持ち込んでしまうので飲まないことも多いらしい。
これらのグッズを持ち帰って、キチンと整頓して、自らのキャンプなどの時に使用する、というのなら話は分かる。ああ、そういう時に活用しているのね、と思う。
しかし夫は『持って帰るだけ』である。どうして持って帰るのか、全く理由が分からないが、本人曰くは『タダやから貰っとこう』ということらしい。
さもしい根性である。

このアメニティグッズの数々、実は秘かに引越しの度に私が整頓している。夫が独身の頃から溜まっており(敢えて『溜めている』とは言わない)、一時期は夥しい数になっていた。
前々回の引っ越し準備の時、夫の部屋のあちこちからバラバラと出てきたこれらのグッズをため息をつきながら集め、
「これ、使わへんやろ?捨てて良い?」
と呆れ気味に言いつつ見せたら、
「使う!置いといて!オレのモン、触んなよ!」
とキレ気味に言い返されてしまった。
ぬかったわ、黙って捨てておくんだった、と後悔した。この頃は私もまだ珍獣の飼い方に慣れていなかった。
やむを得ず綺麗にビニール袋にまとめて夫の引っ越しの荷物に入れたが、十五年後の次の引っ越しの際、その袋は手付かず状態のまま出てきた。オマケにポリ袋は劣化して、粉状になりつつあった。
もう学習した私は、黙ってそれらを丸ごと廃棄した。
今のところ、全く追及されてはいない。恐らく夫は一生気付かないままだろう。

夫はこうやって、出張に行く度に結局我が家のゴミを増やしている。
捨てる側としてはあまり嬉しくない。そのまま封を切らずにホテルに置いておけば、次の誰かのお役に立っていたかも知れないものを、新品のまま廃棄するなんて、気分が良いわけはない。作った人にも地球環境にも申し訳ない。
しかし夫にこういうと、
「お前がなんでも捨てるから悪いんや。置いておけば良いのに。物には心があるのにポイポイ捨てて、なんて酷い奴や」
とあべこべに言い負かされてしまう(負けたとは思っていない、言い返すのが面倒になるだけ)に決まっているから、今のところ黙っている。
天邪鬼には人間界の常識、特に清潔論などは通用しない。身に染みて分かっている。

夫は持ち帰ったアメニティグッズを置く場所も決めていない。
その時その時で、邪魔になった場所で手を離す。旅行鞄の整頓を二階の自室ですれば、そこにある。鞄から髭剃り機を出すことを優先すれば、その時一緒に取り出されて、洗面所に放置されることもある。
洗面所の鏡の裏に入れてあったりすると、これは使うつもりのかな、と思うが、使用した事は嘗て一度もない。数か月間そのままである。
あまりの邪魔さ加減と長期放置に耐えかねて、こっそり捨てることもあるが、何も尋問してこないので、九割方気付いていないと思われる。
ますます何のために持ち帰るのか、首を捻るばかりである。

こんなわけで、我が家には持ち帰ったアメニティグッズの『墓場』がある。
洗面所の下に、ビニール袋にまとめてこっそり入れておく。
「あれはどこにやった?」「机に置いてた剃刀は?」
なんて問いかけをされたことなんて、結婚以来一度もない。
それでも珍獣天邪鬼のことだから、いつ何時こういう問いを発するか、分かったものではない。いつくるか分からないその時に、
「ああ、ここにまとめてるよ!」
と答える為だけに、私はこの袋を常備している。
そして、夫がアメニティグッズを持ち帰った記憶が薄らぐであろう何年か後に、まとめてこっそり捨てるのである。

要らないものをごちゃごちゃ置いておくのは、性に合わない。手っ取り早く処分したいが、要らぬ争いは避けたい。
ああ、今回のアメニティグッズを捨てられるのはいつになるだろう。
使わへんのやったら、持って帰んなよ!









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