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小さな冒険の思い出

小学生の一時期、ビー玉が流行った。赤い網に入って一袋いくらで売られていたように思う。そんなに高価なものではなかったのだろう、私も妹も一つずつ買ってもらった。
男の子の遊びではあったが、近所ではいつも男女混じって遊んでいたから、私達女の子も熱心にやっていた。勝ち負けのルールは覚えているようないないような、でも沢山持っている子が有利だったような記憶は微かにある。
公園の砂場にトンネルを掘ったり、道を作ったりしてビー玉を転がす。落とし穴を上手に通過できれば歓声が上がる。落ちれば相手に取られる。そんな感じだったような気がする。

大抵のビー玉は直径は一~二センチくらいだったろうか。透明なガラスの球の中に、ねじったような色の付いたものが入っているデザインのものが主だった。今でもビー玉と言えばこのデザインが一般的だろう。
夏にラムネを飲むと、瓶の中にガラス玉が入っている。これを取り出して使う、という技もあった。ウチは両親が絶対ダメ、と言ったので出来なかったが、男の子の中には得意そうに持っている子が何人かいた。といってもラムネの中のビー玉は勿論模様なんてないし、色もないし、本当に『ただのガラス玉』でしかないので、そんなに魅力は感じなかった。ただ『瓶を割って取り出した』という入手方法が、ちょっと珍しかっただけだろう。
大きいビー玉は人気があった。私も大事にしていた。同じ柄なのだが、一袋に一つか二つくらいしか入っていなかったように思う。
それだけ売っていることはなかったから、なかなか入手困難なシロモノだった。

ある時、一学年下の幼馴染のKちゃんが
「大きいビー玉がザクザク取れる所があるのを発見した。しかも真っ白だ。みんなで取りに行こう」
と興奮気味にひそひそと打ち明けてくれた。
タダで大きいビー玉ザクザクって本当だろうか。半信半疑だったがビー玉は欲しいので、近所の子達とおっかなびっくり、ぞろぞろと繰り出した。
Kちゃんが案内してくれたのは、ウチから離れたちょっと山際にある小さな廃屋だった。倒れかかったトタンの壁には大きな穴が開いており、大人は難しいかもしれないが子供は十分通れた。中に入るとボロボロになった家と思しきものが、草ぼうぼうの中に建っていた。どういう訳か窓やドアなどはなく、ちょっとした家電らしきものが置いてあったが、錆びまくっていて放置されてから随分経っているようだった。

Kちゃんは先頭に立ってずんずん建物の奥に入っていくと、一番奥で足をとめて振り返った。
「ほらね!」
彼女の足元には凄い量の真っ白な大きいビー玉が、土に半分埋まった状態で山のように置かれていた。私達は薄気味悪いのも忘れて、歓声を上げた。
さあ、そこからが大変だ。ビニール袋を持参している子もいたが、生憎重さであっという間に裂けてしまった。しょうがないので、何人かが着ていたTシャツの裾を両手で持って、みんなで入るだけそこにビー玉を入れることにした。
一体いくつくらい持ってきたのかは覚えていない。だが沢山のビー玉で膨れ上がったTシャツの裾を持ったまま、狭い穴から脱出するのはなかなか骨が折れた。壁が倒れて来ないように押さえる者、こぼれたビー玉を回収する者、誰か大人に見咎められないか辺りを監視する者、分業は不思議に自然と行われて、私達は無事に大量の大きな白いビー玉を手にした。
仲良くみんなで分けて、それぞれ家に持って帰った。私は庭で泥の付いたビー玉を親にわからないようにこっそり洗い、雑巾で拭いた。入手のスリリングな行程にワクワクしたし、何より自分の大きな、しかも珍しい乳白色のビー玉を手に入れたことは最高に嬉しかった。

あの廃屋は普通の家ではなかったようだが、一体何だったのだろう。そしてあの白いビー玉は何のために置いてあったのだろう。もしかしたらトイレに必要だった部品ではないか、とも思ったがよくわからない。使用済みだったとしたら汚い話だ。
白いビー玉は随分長い間家にあったが、もうとっくに親が処分しただろう。
子供時代の、忘れられない小さな小さな冒険の思い出である。