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辰野町、宮本常一の冷ややかな視線

「人はみんな話したいことを持っている、それを聞くようにしなければならない。(宮本常一「塩の道」解説より)」

全国各地の普通の人々の暮らしに耳を傾けた宮本常一。その根底には百姓であるという自認と、そういった人々や土地に対する暖かい視線があった。

「私の日本地図1 天竜川に沿って(未來社)」は、天竜川流域に住む人々の暮らしがテーマである。河口である静岡県浜松市から水源である長野県諏訪湖まで215kmに及ぶ。旅行記のような風情があり、全体的にフラットか肯定的な雰囲気が漂う文章で一貫している。

中でも印象的だったのは、長野県飯田市の人々に対する肯定的な文面だ。

飯田の人々には独立心と、たゆまぬ向上心がある。未來は明るい。

70年前であっても悲観的にならざるをえなかった地方都市であっても、飯田の人々なら大丈夫。そんな明るい期待が込められていた。

一方で、終盤で触れた辰野町は対象的な言葉を浴びせている。同書で唯一と言っていい、辛辣な言葉である。今日においても同町の最大の目玉である「ほたる祭り」を例に挙げて、次のようなことを記している。

「(前略)むしろホタルは暗夜にしずかにみるべきものなのだが(中略)媚びを売る女を見るような、寒ざむとしたものをおぼえる(後略)」

「(前略)それが日本の地方都市の将来の姿を象徴するように思った。」

かく言う私も辰野町に住み、その上でこの土地には暗いイメージしかない。実際、都市部からの移住者も増えて、都会からの脱出志願者からは希望の新天地のように見えているかもしれない。しかしその光は谷の中には届いておらず、むしろ着々と影を濃くしている。

移住者は根無し草である。土地に根を張るのは時間がかかるが、根を張る前に無理やり花を咲かせ、花粉の授受を試み、失敗してもすぐに他の土地に移る。結果、一時的に僅かな水を土地に貯えるものの、養分は吸い取っていく。

辰野町はすでに移住者によって消耗され始めている。宮本常一が見た当時とは違う形で、日本の地方都市の将来の悲観的な姿が現れ始めている。

淀んでいる。そんな言葉も聞く。確かに淀んでいる。そう感じる私も、根無し草である。

適地適作という言葉もある。根から腐る前に、早々に脱出したいと常々考えている。


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