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科学技術商業化におけるビジネススクールの役割と期待

0. GRIPS短期プログラムについて

 本noteは、政策研究大学院大学(GRIPS)・科学技術イノベーション政策・経営人材養成短期プログラムを受講した際に執筆したレポートです。

このGRIPSプログラムについては、下記のnoteでも講義内容や学びがまとまっているので参考になると思います。

1. はじめに

 今、色んな大学において、科学技術商業化の動きが活発化している。産学連携、技術移転、インキューベーション、プレシード支援(GAPファンドやSTARTプログラム等)といった様々な取り組みがなされており、今後も産官学地域の協力が欠かせないだろう。そこで地域イノベーションの講義では、テキサス州オースティンの事例が紹介されていた。主な成功要因として、1. ナショナルプロジェクト誘致の成功、2. テキサス大学IC2研究所およびビジネススクールの取り組み、3. チボリ社からのスピンオフの連鎖が挙げられる。3については偶発的連鎖であるが、これを引き起こす土壌として1と2が機能したと考えられる。テキサス大学オースティン校ではIC2研究所といった地域・産学連携組織だけでなく、ビジネススクールも関与して成功を収めている。大学が科学技術商業化を進める上において、ビジネススクールは貴重なリソースやケーパビリティを保有しており、理工系と協力することで重要な役割を果たすのではないか。そこで本稿では、テキサス大学、早稲田大学の取り組み事例に着目し、ビジネススクールの役割と期待を考察したい。

2. テキサス大学オースティン校

 IC2研究所は、「地域の経済発展に資する経済的・技術的・人的要因に関するThink-and-Do Tank [1]」であり、地域連携や産学連携を担うインターミディアリー組織である。また、テキサス大学にはMcCombsというビジネススクールがあり、これらの2つの組織が協力して、インキュベーターの設置(ATI:Austion Technology Incubator)、起業家とVCのマッチンング・ネットワークの整備(TCN:The Capital Network)、ソフトウェア業界団体の設立(ASC:Austin Software Council)等を行い、大学発および地域イノベーションを推進した。
 また、McCombsには、MSTC(MS in Technology Commercialization) [2]という修士課程が設置されている。MSTC、MOT、MBAの違いは表1の通りであり、MSTCはいかに新しい技術を起点に商業化させるか、ベンチャービジネスを創造するか、という切り口に焦点を絞ったコースと言える。

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表1. MSTC・MOT・MBAの違い([3]より引用)

 このように、テキサス大学オースティン校では、地域・産学連携組織とビジネススクールが協力し、インキュベーターおよび起業家・VCマッチングといった「起業支援」、MSTCという科学技術商業化に特化した修士課程の設置といった「人材育成」、ソフトウェア業界団体の設立といった「産業界への働きかけ」を行い、大学発/地域イノベーションを推進していった。

3. 早稲田大学ビジネススクール (WBS)

 私は2013年に早稲田大学大学院の修士課程を修了している。当時、電力工学に関する研究に従事していたが、科学技術だけでなく、それをどう活かして社会に実装するかも考える必要があると思い、経営やビジネスのことも学びたいと考えていた。その時、同じ理工学研究科に「技術経営リーダー専修コース [4]」が設置されていたため、副専攻として受講していた。当時のカリキュラムは講義・座学や仮想的なケースを想定したレポート等がメインであり、知識として様々なことを学ぶことはできたものの、実際にアイディアコンテストやアクセラレーション/インキュベーションプログラムがあるわけではなかった。理工学研究科内でこういったコースを開設することは大切だと思うが、ビジネススクールと理工学研究科の学生・教員が一体となって、早大が持つシーズを起点に、科学技術商業化プロセスを回すプログラムがあっても良いのではないかと考えていた。
 それから時を経て2020年、上記に似た取り組みが早稲田大学で始まっていることを知った。それはオープンイノベーション機構という産学連携組織において、WBS(牧准教授)がリーダーとなって設立した「科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー [5]」である。この組織では、「世界の社会科学の研究分野で実践されているイノベーション手法について調査して、協力企業と共に実践すること」を目的とし、2021年7月現在、下記の取り組みを実施している。

(1) Lab to Market科目[6] & アクセラレーションプログラム [7]
Lab to Marketは科学技術を商業化する手法を学ぶための科目である。技術評価手法(Quicklook等)を学ぶだけでなく、実際の研究シーズに対して商業化プランを提案する。2020年は早大と慶大から3つずつ研究シーズが持ち込まれた。さらに、この講義と連動しながら、学内にアクセラレーションプログラムも立ち上げている。

(2) 科学的実験デザインコンテスト[8]
自然科学で培われてきた「科学的実験」の考え方や手法を、ビジネスの現場でも活用できるようにするためにコンテストを開催している。

(3) イノベーター人材育成に資する慶大・鶴岡モデルの調査[9]
慶大・鶴岡モデルの多様な取り組みに関する知見の理論化に取り組む。さらに鶴岡モデルの先端的な取り組みをケース教材化するようである。このように、地域イノベーション事例を分析し、理論化・教材化することはビジネススクールの強みが発揮される好例であろう。

 これらはまさしく、ビジネススクールの社会科学分野のケーパビリティと理工学の融合による科学技術商業化プロセスだと思う。また、テキサス大学オースティン校でも行なっていたように、WBSでも産学連携組織とビジネススクールの協力による「起業支援」、「人材育成」、「産業界への働きかけ」を進めている。

4. 考察・まとめ:ビジネススクールの役割と期待

 ビジネススクールには、経営・起業に関するケースを収集・分析・理論化・教材化している教員、経営・起業マインドが高い学生や社会人経験のある学生が揃っていることが重要なリソースである。これらのリソースと、大学内外の研究開発シーズやアイディアを掛け合わせることで、科学技術商業化やテックベンチャー起業を推進することができるのではないか。そして、これらの実践を通じて人材教育の質が高まるのと同時に、また新たなケーススタディが生まれ、分析・理論化されることで知が蓄積されていく。このような好循環を生み出す土壌として、起業支援・人材育成・産業界への働きかけを行うビジネススクールの役割は今後も重要性を増すと考えている。また、第6期科学技術・イノベーション基本計画では、人文・社会科学と自然科学による総合知の創出を掲げており、WBSの取り組みはその一つの形であろう。

5. 参考文献

[1] About IC2 Institute
[2] McCombs MSTC Course
[3] 藤原善丞、「国内専門職大学院における技術商業化人材育成のとりくみについての考察」、研究・イノベーション学会、年次大会講演要旨集 (2005)
[4] 経営デザイン専攻・技術経営リーダー専修コース
[5] 科学技術と新事業創造リサーチ・ファクトリー
[6] Lab to Market 科目シラバス (2020)
[7] ビジネス視点を融合した先進的なアクセラレーション・プログラム始動(2020)
[8] 「科学的実験」デザイン・コンテスト2020開催
[9] 新しいイノベータ人材育成に向けて(早大OI機構/早大ビジネススクール・慶大先端生命研・損保ジャパン イノベーション創出人材育成を目指した共同研究を開始) (2021)