詩「悲しみの河を渡れ」を公開しました

マイペースでごめんよ、と同じことを繰り返すのはそろそろやめにして。

ちまちま書いて、やめて、を繰り返して、その瞬間に思っていることを書ききれた、と思えたものがここに上がってくるのですが、他にもいくつかあるので、こうして上げられる時に、ちまちま上げていきたいと思っています。

さて、蛇足のような更新履歴ですが、この「悲しみの河を渡れ」は、ある映画にインスパイアされた作品なので、その映画についてを軸に書いていきたいと思います。

その映画というのは「マレフィセント2」です。

前作は映画館で観たのですが、2はタイミングが合わず、そういえば見逃してたな、と思い、ディズニー映画だから、という安心感のもとに何の気になしに見始めたのですが……

予想以上にヘヴィな内容で、胸が締め付けられるような、ファミリー作品でした。
主演のアンジェリーナ・ジョリーが製作も務めているのですが、彼女のUNHCR(国連難民高等弁務官)特使の活動(https://www.unhcr.org/jp/special-envoy-angelina-jolie 参照)などとも通じる、反戦への強いメッセージがこれでもかと込められていたからです。

その中で核となっているのが、

「消えない悲しみ、憎しみに愛で打ち克つ」

ということだと感じました。

それって、どんな人間にもあることで、映画の中のように戦争の中心に関わる人間だけの問題じゃないし、
何より、自分自身の中にある憎しみや悲しみ、そんな過去にとらわれている自分自身の癒えない傷にマキロンをぶっかけられたように、心がじくじく痛み続けていました。

自分も、あきらめて歩き出さなきゃだめか……
と思ったときに、自分を奮い立たせるように頭に浮かんだ言葉が、
「悲しみの河を渡れ」
という一言であり、夜中にそこからほぼ一気に書いた詩です。
なので、ほんのりと映画にかかっている一節もあったりしますが、それはお楽しみ、ってことで。

こんな詩は別にいいので、「マレフィセント2」を見てくれ、って感じですよね。
ホントそうです。
でも、政治と違って、映画や音楽などの芸術が戦争を素早く終わらせることはできません。
その代わりに、即効性がないからこそ、世の中に波紋のように広がって一人ひとりが少しずつでも変わっていくことが、芸術の効果であり、触れる人はその一部となるのだと思います。
なので、こうして感じたことを外に向けて書いたり、あるいは自分の作品に落とし込んだりすることは、恥ずべきことではなく、それ相応に重要なことでもあると思っています。

今、ウイルスで苦しい状況だからこそ、世界的にフラストレーションが暴力、排他へ加速している状況において、一人ひとりの強さが求められていること、できれば二時間くらい映画を見て考えてもらえれば、なんて思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?