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ニューノーマルの舞台裏

朝方が暗くなってきた。日の長さが変わり、普段起き出す6時前後にはさほど陽が差さない。その薄暗さに、季節の移ろいを感じながら朝支度をするのが最近のルーティンだ。

今週もオンラインイベントが山盛り。
内々の日本語スピーチコンテスト、支援者の方との共同レクチャー、教育関連のセミナー、所属コミニュティー「みゃんこん」での公開ミーティングなど、そのどれもが独自の味わいに満ちた、価値ある時間であった。

中でも、千代田区立麹町中学校の実践例が眩い光を放った。
学校改革のモデルケースの1つであるこの学校に勤務され、実際にその変革に携わられた加藤先生が、その舞台裏をお話しくださった。

麹町中学校では、工藤勇一校長(当時)の下で「定期テスト廃止」や「チーム担任制」といった画期的な取り組みが次々と実施された。
メディアで大きく取り上げられたため、私も耳にしたことがあった。その印象的な教育実践の背景に何があり、どのような経緯をたどったのか。リアルを知る「中の人」の言葉を聞いてみたかった。

興味深いのは、門外不出の指導技術が百花繚乱しているわけではなく、シンプルだが効果的な施策が着実に実行されていったこと。
子どもたちとの関わり方にしても、教員間の雰囲気づくりにしても、度肝を抜かれるような技法は何もなく、すんなり咀嚼できるものばかりであった。おかげで「消化」もいい。

基本を外さず、無理・無駄・無計画を排除して、核心的価値を現出するための努力を地道に繰り返すこと。
教育現場におけるその実例を知ることが叶い、非常に身につまされるものがあった。同時に、国や施設としての属性が違っても、適用可能な余地が相当あることに勇気づけられもした。

このような話を聞くたびに思い出すのは、「日本サッカーの父」と呼ばれた、デットマール・クラマーのエピソード。

1960年、サッカー日本代表の監督として招聘されたクラマー。ユースの西ドイツ代表監督時代、かのベッケンバウアーを見出し、ドイツの名門クラブであるバイエルン・ミュンヘンを率いてUEFAチャンピオンズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)を制したこともある、凄腕の指導者である。

そんな彼に周囲が寄せた期待は、察するに余りある。どんな最先端の戦術や洗練されたコーチングを見せてくれるのかと周囲が色めき立つのをよそに、彼が重きを置いたのは、基礎の徹底だったという。 
パスやトラップ、インサイドキックといった基本技術の精度を愚直に追求する。当初の期待とまったく異なった初歩的な指導内容には、選手たちから反発や戸惑いの声が上がったとのこと。

しかし、強靭な基礎の習得をベースに、実戦の中で個別最適化を図るというクラマーの手法は、選手たちの力を確実に底上げし、1964年東京オリンピックでのベスト8、1968年メキシコオリンピックにおける銅メダル獲得を成し遂げる。

そこには「魔法」や「奇跡」はない。選手たちとの信頼関係を築き上げ、核となる要素を地道に磨き上げていく「前より濃いめの日常」によって切り拓かれた新世界。まさにニューノーマルだ。

今回のお話でも、「魔法」などないとの明言があった。確かに、語られる1つ1つのアクションを冷静に検証すると、この一連の変化は、関係者の方々による“雨垂れ石を穿つ”ような静かな革命であったことがよく分かった。
DXやCXといった言葉が飛び交う中、本当の意味でニューノーマルを定着させるには、このような側面が死活的に重要なのではないか。そんな思いに包まれた。

マクロ経済政策や外交問題と違い、“一億総評論家化”する教育分野。何を判断材料に、どんな舵を切るのか。悩ましいが、楽しい。
そんな後味を噛み締めながら、別のセミナーに入った。

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