制作論的転回と瞬間の永遠 - 現代人の実存を問い直す


## はじめに

現代社会に生きる私たちは、絶え間ない変化と不確実性の中で、自己の存在意義や時間の本質について深い問いを抱えています。本稿では、人類学の新しいパラダイムである「制作論的転回」の視点を起点に、ミルチャ・エリアーデの「聖と俗」の概念、そしてアンリ・ベルクソンとマルセル・プルーストの時間論を交錯させながら、現代人の実存と「瞬間の永遠」について考察します。

## 1. 制作論的転回 - 実存の多元性へ

人類学における制作論的転回は、単一の客観的現実という前提を覆し、複数の存在論が並存する可能性を提示します。この視点は、現代人の実存的苦悩に新たな光を当てます。

- 多世界主義(Multinaturalism):異なる文化や個人が、それぞれ独自の「自然」や「現実」を生きているという認識
- 存在論的差異:文化間の違いを単なる世界観の相違ではなく、存在そのものの差異として捉える

これらの概念は、私たちの「実存の揺らぎ」を、単なる個人的な不安ではなく、存在論的な多様性の現れとして再解釈することを可能にします。

## 2. 聖と俗 - 日常の中の超越

エリアーデの「聖と俗」の理論は、この多元的な実存理解に新たな次元を加えます。

- 聖なる時間:循環的、神話的、永遠回帰的
- 俗なる時間:線形的、歴史的、不可逆的

現代社会では、「俗」なる時間が支配的ですが、制作論的転回の視点は、日常の中に潜む「聖」なる瞬間を再発見する可能性を示唆します。例えば、異なる文化の時間感覚や、非人間主体(動物、植物、物質)の「時間」を想像することで、私たちの時間経験そのものが多元化されるのです。

## 3. ベルクソンの「持続」 - 質的多様性の流れ

ベルクソンの「持続」(durée)の概念は、制作論的転回と共鳴しながら、時間経験の本質に迫ります。

- 量的時間vs質的時間:時計で測る均質な時間ではなく、意識の内的な流れとしての時間
- 創造的進化:持続の中で絶えず新しいものが生成される過程

この視点は、私たちの実存を固定的なものではなく、常に変化し創造される流れとして捉え直すことを促します。制作論的転回が示す存在の多元性は、この「持続」の中で交錯し、新たな可能性を生み出すのです。

## 4. プルーストと「無意志的記憶」 - 瞬間の中の永遠

プルーストの「無意志的記憶」の概念は、ベルクソンの時間論と制作論的転回を橋渡しし、「瞬間の永遠」という逆説的な経験を照らし出します。

- 意志的記憶vs無意志的記憶:知性による想起ではなく、感覚や情動を通じた過去の直接的な再現
- 時間の超越:過去と現在が融合する瞬間的な永遠の体験

プルーストの有名なマドレーヌの挿話は、単なる個人的な追憶ではなく、存在論的な転回点として再解釈できます。その瞬間、異なる「世界」や「時間」が交錯し、新たな実存の可能性が開かれるのです。

## 5. 現代社会への応用 - 実存的革新へ向けて

これらの思想を統合することで、現代社会における実存の問題に新たなアプローチが可能となります。

1. 働き方改革:単純な労働時間の削減ではなく、質的に異なる時間経験(「聖なる時間」)を職場に導入する試み
2. テクノロジーとの関係:AI やVR を、異なる存在論や時間性を体験するツールとして再定義する
3. 環境問題:人間中心主義を超え、多様な存在の「時間」や「世界」を考慮に入れた、より包括的な環境倫理の構築
4. 教育:固定的な知識伝達ではなく、多元的な実存や時間経験を培う新たな学びの場の創出

多元的実存の実践 - 日常からの超越と回帰

6. 禅的視点からの「瞬間の永遠」

先述の西洋哲学的概念に、東洋的、特に禅的視点を重ね合わせることで、「瞬間の永遠」の理解はさらに深まります。

  • 「今、ここ」の絶対性:禅の教えは、まさに「瞬間の永遠」を体現しています。

  • 無心と覚:意識の流れを止め、純粋な現在に没入する経験は、プルーストの「無意志的記憶」と響き合います。

例えば、茶道の「一期一会」の精神は、一瞬の出会いの中に永遠を見出す態度そのものです。この視点は、制作論的転回が示唆する多元的世界の一つの現れとして理解できるでしょう。

7. ユング心理学と集合無意識 - 多元的実存の深層

ユングの集合無意識の概念は、制作論的転回と「瞬間の永遠」の idea を心理学的に補完します。

  • 元型:普遍的なイメージや観念のパターンは、多元的な世界の共通基盤として機能します。

  • 個性化過程:自己実現の過程は、多元的な実存可能性の中から、真の自己を見出す journey として再解釈できます。

無意識との対話を通じて、私たちは自己の多元性を認識し、「瞬間の永遠」を内的に体験することができるのです。

8. 現代社会におけるリミナリティ - 閾としての日常

人類学者ヴィクター・ターナーの「リミナリティ」(閾)の概念を用いると、現代社会における「瞬間の永遠」の体験をより具体的に理解できます。

  • 日常のリミナリティ:電車の中、オフィスの隙間時間、SNSのスクロール - これらの「閾」的空間で、私たちは無意識に多元的実存を体験しています。

  • デジタル空間と実存:VRやSNSは、新たな形の「聖なる空間」として機能し、多元的な自己と世界の探求の場となり得ます。

9. 芸術と創造性 - 多元的実存の表現

芸術創造の過程は、まさに「瞬間の永遠」と多元的実存の具現化と言えるでしょう。

  • 創造の瞬間:アーティストが作品に没頭する瞬間は、時間が止まったかのような永遠の体験となります。

  • 作品の多義性:一つの作品が観る者によって異なる解釈を生むことは、多元的世界の存在を示唆しています。

現代アートの実験的手法 - 例えば、観客参加型のインスタレーションなど - は、制作論的転回の実践としても理解できます。

10. 言語と実存 - 多元的世界の構築

最後に、言語の役割について考察しましょう。ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」の概念は、制作論的転回と「瞬間の永遠」の理解にさらなる depth を与えます。

  • 言語の限界と可能性:言語は現実を構築すると同時に、制限もします。しかし、その制限を意識的に拡張することで、新たな実存の可能性が開かれます。

  • 詩的言語:日常言語を超えた表現は、「瞬間の永遠」を捉える試みとして理解できます。

俳句や川柳といった日本の短詩型文学は、まさに言葉による「瞬間の永遠」の表現と言えるでしょう。

結論:日常からの超越と回帰

以上の考察を踏まえ、多元的実存を生きるための実践的アプローチを提案します。

  1. 意識的な「閾」の創出:日常の中に意図的に「聖なる時間」や「聖なる空間」を設ける。

  2. 多元的自己の受容:内なる矛盾や多様性を、欠点ではなく可能性として捉え直す。

  3. 創造的表現の習慣化:芸術、書くこと、瞑想など、自己表現の実践を日常に組み込む。

  4. 言語の創造的使用:新しい言葉や表現を創り出し、思考の枠を広げる。

  5. 技術の再定義:デジタル機器を、多元的実存を探求するツールとして活用する。

これらの実践を通じて、私たちは日常から超越しつつ、より豊かな認識を持って日常に回帰することができるでしょう。それは、刹那の中に永遠を見出し、個別の中に普遍を感じ取る生き方です。

制作論的転回が示唆する多元的世界の中で、私たちは常に新たな自己と世界を創造し続ける可能性を持っています。この認識は、現代社会が直面する諸問題 - 環境破壊、技術の暴走、人間疎外 - に対する、根本的な処方箋となり得るのです。

「瞬間の永遠」を生きること。それは、私たちの実存を豊かにするだけでなく、社会全体をより包括的で持続可能な方向へと導く可能性を秘めています。この多元的実存の実践こそが、未来への扉を開く鍵となるのではないでしょうか。


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