霜降り明星の笑いの解剖学:現代と過去の交差点

笑いの重層性と現代性:霜降り明星の芸風に見る伝統と革新

序論:霜降り明星と現代のお笑い

霜降り明星は、2016年に結成されたお笑いコンビで、メンバーはせいや(石井誠一)と粗品(佐々木直人)。彼らの独特な芸風は、伝統と革新が見事に融合しており、現代のエンターテイメントシーンで際立った存在感を放っています。M-1グランプリ2018での優勝を経て、一躍注目を浴び、テレビやYouTubeを中心に多岐にわたるメディアで活躍しています。本稿では、彼らの芸風を江戸時代の女衒や歌舞伎役者と比較しながら、その笑いの本質と現代性を探ります。

1. 現代の話芸師:粗品と江戸の女衒

江戸時代の女衒(ぜげん)は、遊郭に客を誘う職業であり、その巧みな話術で知られていました。言葉遊びや機知に富んだ会話で客を魅了し、相手の言葉を巧みに捌いて会話を操る技術を持っていました。粗品の高速で緻密なツッコミは、まさにこの女衒の話術を彷彿とさせます。例えば、2018年のM-1グランプリ決勝での「カメラを止めるな!」のネタでは、粗品がせいやの突飛な発言を次々と捌きながら、的確なツッコミを入れていく様子が見られました。この技術は、江戸時代の話術の流れを汲みながらも、現代の文脈や時事ネタを巧みに織り交ぜ、新たな「笑い」を創造しています。

2. 型破りのパフォーマー:せいやと歌舞伎役者のルーツ

せいやのパフォーマンスは、16世紀末から17世紀初頭にかけて登場した「傾奇者(かぶきもの)」の精神を体現しています。傾奇者たちは、奇抜な衣装と型破りな行動で注目を集め、初期の歌舞伎役者たちに受け継がれました。せいやの予測不可能なボケや大胆な行動は、観客の予想を裏切り、笑いを誘います。例えば、「ドッキリGP」での「一歩引く勇気」のネタでは、通常のリアクションを期待される場面であえて「引く」という選択をすることで、常識や期待を覆す傾奇者的な発想を見せています。彼の派手な衣装や大胆なメイクは、歌舞伎役者の化粧や衣装の現代版とも言えるでしょう。視覚的なインパクトを重視し、それを笑いに結びつける術を心得ています。

3. メディアリテラシーとしての笑い

霜降り明星の笑いには「メディアリテラシーとしての笑い」という新たな視座があります。現代社会では情報が溢れ、真偽の判断が困難な時代です。その中で、霜降り明星の笑いは情報を批判的に捉える視点を提供しています。代表的なフレーズ「それってあなたの感想ですよね?」は、相手の発言を絶対的な事実ではなく、一つの意見として相対化する機能を持ちます。これはメディアリテラシーの基本である「情報を批判的に捉える」姿勢そのものであり、粗品の緻密な言葉選びやせいやの型破りな発想が、既存の情報や常識を別の角度から見直す機会を提供しています。

4. 制作論的転回から見る霜降り明星の笑い

「制作論的転回(ontological turn)」の視点から、霜降り明星の笑いを考察してみましょう。制作論的転回は、世界を固定的な「存在」ではなく、常に「生成」されるプロセスとして捉える考え方です。

4.1 笑いの「生成」プロセス

霜降り明星の笑いは、舞台上で完結した「作品」ではありません。彼らのパフォーマンス、観客の反応、メディア環境が相互作用しながら絶えず「生成」されています。たとえば、「それってあなたの感想ですよね?」というフレーズは、使用される場面や文脈、相手の反応によって意味や効果が変化し、そのたびに新たな意味を「生成」しています。

4.2 多世界の共存

制作論的転回は、単一の客観的現実ではなく、複数の存在論的世界の共存を認めます。霜降り明星の笑いもまた、複数の「世界」を同時に立ち上げ、それらを交錯させています。粗品の緻密な言葉遊びが作り出す「論理の世界」と、せいやの突飛な行動が生み出す「非論理の世界」は、一見相反するようでいて、霜降り明星の笑いの中では共存しています。観客やメディアもそれぞれの「世界」を持ち込み、これらの多様な「世界」が交錯するところに、霜降り明星独自の笑いが生まれています。

5. テクノロジーと笑いの共進化

霜降り明星の活動は、テレビやYouTubeなど多様なメディアで展開されています。その中で、彼らの笑いとテクノロジーの共進化が重要なポイントです。

5.1 SNSとの相互作用

TwitterやInstagramなどのSNSは、霜降り明星の笑いの「生成」プロセスに大きく関与しています。彼らのギャグや言動がSNS上で拡散され、二次創作や模倣を生み、それがまた彼らのネタに取り込まれる。この循環は笑いの「生成」プロセスをさらに加速させ、複雑化させています。

5.2 AIと笑いの未来

AI技術との関係も興味深い点です。粗品の緻密な言葉選びや論理展開は、ある意味でAIの言語モデルに似ています。一方で、せいやの予測不可能な行動は、AIにとって最も難しい「創造性」を体現しています。将来的に、AIが霜降り明星の笑いを解析し、新たなギャグを生成する日が来るかもしれません。しかし、それは霜降り明星の終わりを意味するのではなく、むしろ彼らとAIとの新たな共創の始まりとなるでしょう。

6. 笑いの社会変革力

霜降り明星の笑いには社会変革の可能性も秘めています。

6.1 固定観念の解体

彼らの笑いは、社会の固定観念や既存の価値観を揺るがします。「それってあなたの感想ですよね?」という言葉は、権威や常識を相対化する力を持ち、社会の硬直化した構造を柔軟にし、新たな可能性を開く一助となります。

6.2 共感の場の創出

霜降り明星の笑いは、多様な「世界」の交差点となることで、異なる価値観を持つ人々の間に共感の場を作り出します。粗品の緻密な論理に共感する人も、せいやの型破りな発想に魅力を感じる人も、彼らの笑いを通じて繋がることができます。この「笑いの場」は、分断の進む現代社会において、新たなコミュニケーションの可能性を示唆しています。

結論:笑いの無限の可能性

霜降り明星の笑いは、単なるエンターテインメントを超えた、豊かな可能性を秘めたものです。伝統と革新、論理と非論理、テクノロジーと人間性が交錯する場所に位置し、常に新たな意味を「生成」し続けています。彼らの笑いは、江戸の女衒や歌舞伎役者のルーツを継承しながらも、現代のメディア環境やテクノロジーと共に進化を続けています。そして、メディアリテラシーの涵養や社会変革の可能性まで秘めた、多層的で動的な現象なのです。

霜降り明星の笑いを通じて、私たちは笑いの持つ無限の可能性を垣間見ることができます。それは、過去と現在、論理と非論理、技術と人間性を結びつけ、新たな「世界」を生成し続ける力強い触媒なのです。彼らの笑いが今後どのように進化し、どのような「世界」を生成していくのか。その行方を見守ることは、単に芸能の動向を追うだけでなく、社会や文化、そして人間の本質を探る壮大な旅となるでしょう。


参考文献


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