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カーオーディオの文化史

■車内リスニングの音楽史という視点

かつて若者たちは、車を所有したがり、そこには恋人とのデートという目的があり、それをm裏あげるツールとしての音楽を準備していた。ドライブデートは、今も滅びることなく続いている行動だが、特に昭和後期から平成初期においては、今よりも特別視される存在で、ドライブデートとそこで発展した車内音楽をめぐる当時の様相については、歴史の地層の底に埋もれる前に記録しておく必要があるだろう。

車内リスニング音楽は、いまだ通史として語られることのない、"もうひとつのポピュラー音楽"である。例えば八代亜紀から工藤静香へと受け継がれ、その精神の一部が倖田來未に受け継がれたりもする流行の系譜を音楽的、ジャンル的な分析をしたところで、なんの共通点も見出さねい。だが、長距離トラックドライバーの歌姫というキーワードを挟めば、おぼろげに見えてくるリスナー層の共通性がある。または、オートバックスのようなカーアクセサリーショップの音楽コーナーに行けば、そこには街のCDショップやSpotifyで人気のプレイリストとは、違う音楽の序列を目の当たりにする。また、派手なイルミネーションのパネルや大型ウーファーが並ぶカーオーディオ売り場の光景は、『BRUTUS』誌に取り上げられるミュージックバーの光景とは重なることのないまったく違った空間だ。

■カーとラジオはいかに融合したのか

「Car radio 流れる せつなすぎるバラードが 友だちのライン こわしたの」*1
*1(日本語歌詞、及川眠子。オリジナルはカイリー・ミノーグ『Turn It Into Love』だが歌詞の中身は無関係)」

Winkの『愛が止まらない』の冒頭歌詞。「Car radio 流れる」という冒頭の一語が、そこが車内であることと、音楽が聞こえているであろうことを想起させる。それに続く部分では、まさに恋愛がはじまろうとしている空気の変化を示している。たった7小節で物語の発端がひも解かれるわけだが、「カーラジオ」一語が展開する情報の圧縮率がすごい。元の英語歌詞には、一切ないフレーズなので、日本語化する際の作詞家の独創だろう。

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