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対等かどうか決めるのは相手【テニス】


 思い出したのは弾道高めのゴリゴリのトップスピン。あれと対等にラリーできる人はどれくらいいるんだろう。めんどくさいから以後ゴリリンにするな。
 しっかり受け止めて、打ち出しの角度を調整しつつ、押し返す力のある人。
 確実なのはうさぎ。ナオトと鬼もたぶん3球で合わせる。なんて。
 言ってるお前何様だよ。



【1カメ】
 気持ちのいいショートラリーをする人だなと思った。肩の力が抜けている。それは適正な打点で捉えられている証拠。そう考えると打球だけでなく、打っている姿もこちらの調子に影響するらしい。
 年末開講された特別レッスンにて。5分遅れで現れた私は、コーチと入れ替わりにコートに入る。調整を目的とするショートラリーは、基本つり合ったらフォアバック、球種など、いろんなショットの感覚を見る。けれど男は穏やかなフォアストロークを続けている。私自身元々ラリーを目的としている分、最も慣れ親しんだショットは心に余裕を生む。これはこれでアリだと思った。少しして気づいたが、男は先週振替で見た人だった。
 視線をずらす。自然体。その土台を作ったのはこのコーチだなと思った。


【2カメ】
 違和感はそのまま固定観念。確かに理にかなっているが、まだ見慣れない。同じ競技だけれど流派が違うような。
 初見のコーチはストロークでラケットを後ろに引かない。仮にこれを「テイクバックタイプゼロ」とする(KPによく厨二と言われる)
 実はタイプゼロ自体初見ではない。メガネ君も同じ流派だ。ラケットヘッドをストンと落として、そこから打ち出す。振り遅れない代わり、出力に不安が残る気はするが、打ち出されるボールはどれも似たような速度できちんと返っていく。
「きちんと」。それは打点の再現性の高さに特化していて、打点さえ合えばどんな打球も対応できる、その実演に思えた。助走ゼロから生み出すイチ。このコーチもまた、ゴリリンと対等に打ち合うのだろうか。メガネ君がうさぎが打っていたように。
 あとハイボレー打ち込まれたのよく取るなと思った。ディフェンスと操作。プレイスタイルは35やサーブを教えてくれたコーチ、打点から始めると言ったコーチと同系列に見える。予想通りガットのテンションは低く、私マイナス5だった。


【3カメ】
 私の名前が聞こえた。呼びかけではない。ツレと共有するための声だ。

「速水さんは〇〇コーチの初級で一緒だった」

 3年前まだ初級にいた頃、思うような成長を感じられず振り替えたクラス。「3回で変える自信がある」と断言したコーチは、宣言通り3回で私のサーブの基盤を作った。そのときいた人だ。こちらとしてはただ5、6回居合わせただけに過ぎない。そう考えたら、たった一度居合わせただけで切り取って話をする私、恐ろしくキモいな。許せ。自分の敷地内だ。

「いやあ、安定感ありますねえ」
「ホント、体力ありますねえ」

 当時、興味のなさから一切目を合わさなかった。「はあ」とだけ答えてコートを振り返ったそのときだった。


「俺のスピンボールよく返せますね」


 初めて目を合わせた。男は何も疑っていなかった。
 自分の言動も、自分の球種も、自分の方が圧倒的に上手いと思っていることも。
 このとき初めて、今までの男の言動全てに「女の割に」が隠されていたのだと気づいた。
 以来この男のことを「俺スピ」と呼んでいる。


「あの人自分のことどう思ってるんだろう」というのは「その人あなたに興味ありませんよ」と同義だという。心は、見える。個人として存在が確立されれば、自ずと行動に現れる。
 以前は「女性だからと手加減しないでほしい」と思っていた。けれどそれは「手加減を考えるくらいに力量差を感じている」ことに他ならない。例えば振り替えで初見に当たったとき、その人は自分をどのくらいに分類するか。自分なら相手のどこを見て分類するか。最もわかりやすいのは打ち方。そこにゆとりがあるか。
 私がボレーで狙われないのは、そこに必死感が見えるから。動画を撮ってみたとき、自分でもヒヤッとすることがあった。それほどまでに危なっかしい。けれど一方でストロークの力が抜けてきた。そうして相手視点で「それなりに打っても大丈夫そうだ」となると調整がかかる。ある程度対応できるともっと打ってみる。結果打ち負かさないと気が済まなくなる。あのとき。

 ゴリリンは上手かった。あれは試合に出る人だ。そんな男が私のサーブ一本取れなかったために着火した。流石に打ち込む気はなかったのだろう、マジもんのサーブを打ってきた。目がガチだった。
 変化する。遊んでる、スカしてる場合じゃないと思ったとき、スイッチが入る。これは何もプレイヤーに限った話ではなく、数人のコーチ、テイクバックタイプゼロなコーチもまた、同じ目を見せた。

 それは敬意。
 本気を出すに値するとした。
 本気で叩き潰したいという衝動に駆られた。

 俺スピに何を吹き込まれようと、目の前にいる実体が全て。居合わせた全員、ラリーに手加減はなかった。だからどうすれば戦えるかに頭を割いた。そうして味方のディフェンス力に後押しされる形で、初めて並行陣の次の一手が見えた。きっとi野コーチが見てたら「そうだあッ」ってニコニコしてたと思う。非常にいい練習ができた。


 貴男(敬称略)がすごいのは、若手の現役選手と試合してもちゃんと結果を残すから。過去の戦績を傘に切ることなく、ずっと現役ばりにこの競技と向き合うから。結局何を言ったところで結果に集約される。正しい方向に向かって努力できた者だけが成果を残す。根本好きではないけれど、試合自体、そうして一種指標の役割を果たしているんだなと思う。
 そういう意味ではコーチも生徒もベースは変わらないのかもしれない。最低限敬意は残したまま(ごめんねコーチ)傲慢な挑戦者として、打球を区分しないのと同じように、立場も区分せず。



 先駆者。
 3年前、嵐の中心に佇んでいた人。揺らがなかったソウさん。
 数々の非礼を全力で詫びて、今はもう一度あなたとテニスがしたい。








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