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そうしてまた巡る(4/4)「その人だけの鎧」




 洗礼とか覇気とかそういった類の空気を持つ人がいる。その「モノ」「コト」に対するある種の覚悟がまとう雰囲気となって漏れ出し、乖離した意識の分だけ見えない圧として感じる。ことこのことに関しては個人と空間があり。空間で例を挙げるとドレスコードのある場所だったり、商品の陳列感覚が異常に広い店だったりする。ただ、洗礼にしても覇気にしても、最低限分かる範疇にいれば一方的に呑まれることはない。ざっくり日本人にとっての英語とタガログ語の違い。
 
 真っ白なフロアに足を踏み入れる。10年前に恐れはなかった場所が、今の自分のアラをくまなく照らそうとする。
 シャネル、ディオール、シュウウエムラ、ジルスチュアート。
 フロアを区切るようにして立ち並ぶ化粧品は、いわゆるデパコス。きちっと結い上げられた髪に、凛々しい眉。フロアに負けないくらい白い制服に身を包んだ女性店員の笑顔に会釈しながら目的のブースを目指す。
 呑まれる可能性は想定していた。けれどそこに行くこと自体に意味があった。
 
 ミッション。新しい私の肌を探せ。
 
 当たりはつけていた。タッチアップの末「やっぱいいです」と言う度胸のない私は、気になった商品をサンプルで試し、好んだブランドに出向く。
 コンシーラーを手に取り、試してみたいと声をかけると、足の長いスツールに促された。真っ白な壁がハイライト。目の前に置かれた大きな鏡。マスクケースを渡されて「2つ折りで入れたらパッカーンなるのか」まごついてしまう私は、いくら引きこもり予備軍でもたまには外に出ないとな、と思う。
 
 この感じ、どこかで覚えがある。
 目に映るもの、自分を保つ、ぐっと踏ん張る感じ。
 ああ、中上級だ。
 
「いかがですか?」
 
 コンシーラーを実際につけてもらって「いらないな」と思う。この程度のカバー力ならファンデーションで事足りる。だったらファンデーション、全ての基礎となる部分を補強した方がいい。
 
「これ、20です」
 
 自分の顔を指差す。10年前の感覚が蘇る。
 
「根本的なところからで申し訳ないのですが、私に合う色みを見ていただけませんか?」
 
 最低限分かる範疇。だから呑まれることはない。
 ずっと店員さんの手元を見ていた。私ならこうすると思っていた。実に嫌な客である。
 
「20は明るいですね」
「つけてみてそう思いました。明るさは必要ないので、肌馴染みを優先させたいです」
 
 昔はとにかく白さを求めた。テニス部は日焼けしやすく、黒光りしていた経験から、「白=美」という過剰なイメージがついていた。けれど今は違う。美よりテニスを選んだ、その結果のシミをなじませるもの。今の自分を肯定できる相棒を求めた。
 
「40と50を試してみましょうか」
 
 半面ずつ塗り比べる。
 必要なのは目的。問題はその場で全て解決する。全ては納得して買い物をするため。オンタイムで得るもの。売りたい店員と納得して買いたい客。これは戦いだ。ただ買わされた人は2度と寄り付かなくなる。だから目に映るものに呑まれない。自分を保ち、ぐっと踏ん張る。欲しいのは度胸。ベースありきの自信。
 
 40はベージュ、黄色みが入る。私の肌は赤みが出やすい分、根本的に相性がいい。
 50は一見暗すぎるかと思ったが、実際塗ってみると案外馴染んだ。基本シミと相性がいいのは暗めのトーン。
 理論上、どっちも相性がいい。じゃあ選ぶとしたら結局はどっちの自分が好きか。どうなりたいか。
 
「こっちで」
 
 店員さんは満面の笑みで「私もそっちの方がお似合いだと思います」と言った。
 思えばコフレドールの時もそうだった。あえて隠すことをやめた。厚ぼったくなるし、何より魔法が解けた時醜くなるから。汗をかかない環境でしか生活していなかったら、あるいは選ぶものも違ったかもしれない。
 美しさはバランス。赤みが出やすいというのは肌のキメが細かいことの裏返し。ただバランスを取るだけで、その良さだけにスポットライトを当てることができる。
 
 包装してもらっている間もまだ確認漏れはないか頭をフル回転させていた。言っても買い物ひとつ、まあいっかで済ませていたのが、随分渋くなったものだ。全ては山田さんのマッサージ換算。その価格のそのものは、代わりに一回の施術を受けられたとしても欲しいと思うか。
 
 フルに使った頭にまだ興奮が残る中帰路に着くと、威嚇のごとき白さのフロアをもう少し冷静に見られるようになった。
店員は夢を見せるために美しく在る。けれど客側は必須ではない。美しさを求めてくる以上「今」必ずしも付帯せずともいいもの。そういう意味では鈍感さも一種武器かと思ったが、なりたいとは思わない。
 呑まれずに済んだのは、普遍の知識に加え、描きやすく落ちにくい眉やアイライナー、新しいアイシャドウ、これ以上ないくらいしっくりきた色みのチーク、それにお気に入りのブランドの服がため。厚さ1㎜にも満たないファンデーションは女性にとっての、いや、化粧をする人にとっての鎧で、同じくまとうことで自信を補ってくれるアイテムは武器。だから弱い自分でも真っ直ぐ立っていられる。真っ直ぐ向き合って主張できる。
 
 そうして「私用の武器」を身につけることで、たぶん知らず覇気を使えるようになって、私個人が変わらずとも周りが変わる。
「道を開けろ」なんて品がない。道は開くもの。だから「どうもありがとう」って会釈する。使役ではなく能動。買ったのはファンデーションひとつ、けれど結果的にこうしたいと思わせる力を持てたら、それこそが本当の戦利品。







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