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最後まで残るもの(前編)【テニス】



【導入】
 一つ、心理テストをしよう。
 猫、たぬき、牛、馬、狼。一緒に旅をしているとして、一人ずつお別れをしていかなければならない場合、あなたはどの順番でお別れをし、最後に誰を残すか。
 
【事象1】
 SLAMDUNKにて、赤木晴子は桜木に対して『バスケットは好きですか?』と聞いた。返答は確か二つあったはずだ。
【事象2】
『井の中の蛙大海を知らず』というのは「視野が狭くて見識がない人」ただ実はこれ「されど空の深さ(青さ)を知る」と続く。意味は「狭い世界を突き詰めたからこそ、その世界の深いところまで知ることができた」
【事象3】
 和田竜さん『村上海賊の娘』より、
〈「戦をなんやと思てけつかんねん。華々しいに、ええ格好するだけや思たんけ。そんなことも分からんと戦したいやら吐かしよったんかい。そんなしょうもない女はの、さっさと島に帰ってしょうもない奴の嫁にでもなりさらせ」〉
【事象4】
 夢枕獏さん『陰陽師0』より
〈「最初の男が、蝉丸どのの琵琶を聴いて、琵琶を弾くのをやめたということは、名人の音を聴き、己れの腕を恥じたからであろうさ」「つまりは、蝉丸殿の琵琶がわかるという、それだけの器量は有していたのであろうよ。二番目の男は、蝉丸どのが、どれほどの腕か、それすらもわからず、無遠慮に琵琶を引き続けていたのだろうな」〉
【事象5】
 朝井リョウさん『何様(むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった)』より
〈「昔は悪かったけど今は学校の先生です、みたいなの、ちょっと前に流行りましたよね」「ああいうの、不思議ですよね」「昔遊んでた人のほうが、人生分かったような気になってるのって」〉
 


 傷つかない訳じゃない。堪えない訳じゃない。かすり傷なんて浅いものじゃない、けど、戦闘不能とまではいかない。大体がその間、例えば20―80の間で収まる。じゃあ仮に80削られたとしたら。
 顔を上げる。
 例えば腹を括っていたとして、それも想定の範囲内だとしたら。身体のどこかが折れていたとしても「その瞬間にしか確かめられないもの」を見極められたとしたら。そこで得た感性は、目に見えぬその人だけの鎧になる。痛みと引き換えたもの。血だらけの手に掴んだものを持ち帰って分析できたとしたら、本来届かないはずものに手をかけられるような気がして。
 身の程知らずが、とも、おこがましい、とも、何を持って役に立つ、とも思う。けれどそれはあくまで私に終始すること。この痛みが私にしか分からない以上、誰に口出しされる謂れもない。
 だって今に始まったことじゃない。過去に仕立てた鎧が致命傷を避けたおかげで、我を失わずに済んだ。瘡蓋の下に生まれた皮膚が、あるいは鈍感だっただけだとしても、一定の期間は効力を持つ。大事なのはその間に何を生み出すか。真新しい傷が残る間に何を求めるか。
 
 少し前に言霊の話をした。私は「信じる」派だ。人智の及ばぬ物事、事象に対する人類共通の畏怖に加え、ポケンとしたパースンの身に起こる数々の事象に説明がつかない。
 例えば「出会うこと」。『陰陽師0』では〈「在る、ということは、一番不思議だぞ──」〉としている。ただの点と点に過ぎないものが偶然居合わせる。個人の性質は出会う人によって変わる。その分起点であり、行く先を決める事象。
 ただ、それだけ大きなウエイトを占めるにも関わらず、最も重要となる初手に限って完全に運任せ。全ては親からか。後々の出会いは本人の意思や嗅覚、努力、その場所の持つ傾向を加味するようになるため、偶然よりも必然の割合が高くなってくる。そうして成長率は、経年でぐんぐん差になっていく。
 

 今回のことは経験上ある程度は覚悟していたことであり、だから単純に私の読みが甘かっただけ。居合わせたのは発散目的の若えの3人と、ナオトと、男子トーナメント優勝経験者。ん? 
 ノッポさんが嬉々としてやって来る。
「いやあ、頑張ってネ!」
 頑張るとは。球、早くね? 中級とは。
 確かに言った。誰かぶん殴ってくれよ、と。「大人数と高さの違う」ところだとパフォーマンス落ちるけど、それは必要であると。いやでもそれにしたってこれは。
 ネット挟んでナオトが待ってる。本来「何だ、おるやん」とホッとする場面。けれどもとんだアウェイに放り込まれたスーパー使えないパースンにそんな余裕はなく、状況を飲み込めずパニック起こして「あ、初級は隣ですよ」案件。ごめんてマジで。
 
 帰宅後話を聞いた旦那は、呆れながらも「君はすごいね」と言った。「よく途中で帰って来なかったね」と。力なく笑ったのは「全く思わなかった訳ではない」から。サーブ練習の時かすめた。退屈ではなく帰るという選択肢が浮かんだのはこれが初めてだった。それ程までに場違いだった。ただ、
 外から見るのと実際打ってみるのは違う。その実際に立ち会える貴重な機会であることは自覚していた。ここは「中級」であり、尚かつ「初めて来たクラス」。だから公的に「運が悪かった」で済まされることであり、だからいいのだ。身の程知らずでも、邪魔でも、思いっきり迷惑をかけても。だって運が悪かっただけで、私は悪くないのだから。そんな体裁を盾にする。この時の私は、そうして真実「正しい」に区分することで、留まる事を自分に許した。
 安心したのは何より、いつの日か見上げていた中級がちゃんとあったこと。だから私は元の大きさに戻る。ただ密度は高く、青く、深く、まっすぐ探求する。そうして最終、小さくても重い鉛玉が私の目指すところ。それを踏まえて今回書き残すのは極力事実。個の意思が書くものだからどうしても純度100%とは言えないものの、ここを違えると先に誤差が生じると自覚しているため、ある程度信ぴょう性は高いと踏んでいる。早速始める。
 





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