3DCGを媒介とした絵画と数学の往還
2023年12月16日(土)から27日(水)まで,東京大学駒場博物館で行われている「ファンダメンタルズ フェス(2021-2023)」に画家の山本雄基さんとの協作を出展しました.この展覧会はファンダメンタルズという科学者とアーティストをつなぐ取り組みの中から生まれたもので,この協作では3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)を使って数学と絵画をつなぐことが主題となっています.今作の展示のための文章をここに掲載します.
数学者の目とCG,そして画家の目
数学の起源のひとつは「測量」や「数える」といった人の目に見えるものを分析することにありますが,数千年の歴史を経て高度に抽象化した数学は人の目を超越した目を獲得しました.例えば,幾何学が扱う対象は「空間」や「かたち」ですが,現代の幾何学が見ているそれらは人の目が見るそれらとはかなりかけ離れています.そもそも人の目は縦・横・高さの与えられた3次元空間の図形しか見えない一方,幾何学では次元的制限のない空間の図形を扱います.非常に大雑把に言えば,幾何学の研究とは,訓練を積んで人の目では見えない空間を見るための目を養うことにあります.
人の目で見えない空間を観察することは,そもそも学問的好奇心を動機付けに生まれたものでした.高次元の図形がどんなかたちをしているのか,という素朴な疑問から出発し,その理解の解像度を上げるための顕微鏡や望遠鏡として,様々な数学的道具が開発されました.このような道具は,数学の持つ高い抽象性の副産物として諸科学に応用がされています.私たちが学校で長い時間をかけて習う一見退屈な数学は,いわば十徳ナイフのような最小限の道具詰め合わせです.とくにCGは数学と親和性の高い分野の一つであり,ベクトルや微分積分をはじめ様々な数学的技術を土台としてつくられています.
CGとは人の目で見えるように情報をコンピュータ上で処理するための技術です.3次元空間のかたちを捉えるための3DCGでは,光の反射と網膜への映り込みを数式によって精密に計算し,対象のデータを目で見えるように写し出します.カメラで被写体を捉えるように,数式で記述された数学のかたちも3DCGを通して人の目で見えるように可視化することができます.しかしながら3DCGには3Dの制約があるため,数学のかたちをそのまま表すことはできません.かたちを3次元に落とし込む,というプロセスを経てそれは表現されます.カメラが切り取る風景がこの世界のごく一部でしかないように,3DCGが切り取る数学の風景も全体のごく一部なのです.
数学者の目で見る数学の風景は,実は3DCGが写し出す風景と同じではありません.例えば同じ小説を読んでも人によってイメージする風景は異なるように,人によって見える数学の風景は異なります.すごい数学者というのは,地上から宇宙の果てまでも見透かすような千里眼を持っています.3DCGで表された数学のかたちは宇宙のように広大な数学の一部分の切り取りにすぎませんが,数学者以外にもその風景を共有することができます.
絵画の歴史は数学と同様にとても長いですが,画家の目も歴史とともに変遷してきました.目の前にあるものをキャンバス上へ写し出すことからはじまった絵画は,時代と環境の変化の影響を機敏に受けます.遠近法,カメラ,映像,コンピュータといった新しい技術の出現とともに,画家の目と描くべき主題は変容し続けてきました.カメラの登場によって目の前のものを精密に写し取るという役割を奪われてしまったように,絵画はその意義や本質を常に問い続けています.3DCGで見える数学の風景が画家の目にどう写るのか,それが絵画にどう接続されるのか,そのあたりを今回の協作では試みました.