見出し画像

ジェネラティブアートについて

書籍『リアルタイムグラフィックスの数学』の刊行に際し,FabCafe Tokyoで刊行記念イベントを行います.この本で扱うノイズや3Dの技術は,ジェネラティブアートという領域でよく使われている,ということは前の記事で書きました.ジェネラティブアートはCGにおけるある種の表現形態を表す言葉として近年では定着していますが,この言葉が日本で広がるきっかけとなったマット・ピアソンの本や,そこで引用されているPhilip Galanterの論文では,もうすこしターゲットの広い芸術表現として定義されています.また最近の人工知能技術を発端とした画像生成技術はジェネラティブアートの意味を本質的に変えつつあり,暗号技術を使った流通システムはマーケットを爆発的に拡充させました.このイベントでは,現代アートの世界で「ジェネラティブアート(生成的な芸術)」を実践し活躍する,同世代の敬愛する2人のアーティスト,古舘健さんと村山悟郎さんをゲストに迎え,その可能性について鼎談を行います.

ジェネラティブ「アート」

私は3年前に『数学から創るジェネラティブアート』という本を書いておきながら,実のところジェネラティブアートと呼ばれているものは「アート」なのか,という引っ掛かりをずっと感じてきました.そもそもここで行われていること,例えばアルゴリズムを組んで,パラメータ操作して,乱数要素を加えて,計算させてグラフィックスをつくる,ということは,CGの世界では当たり前のように行われてきたことであるし,元にあるアイデアは数学なのだから,すこし手の込んだ数学の可視化と言えなくもありません.人が見て「すごいなー」と思わせるVFX効果の多くは,計算機の力とCGコミュニティが積み上げた成果によるものです.「アート」という言葉はとても広い意味で使われる言葉ですが,これは美術史の文脈の中でどう捉えられるのか,ジェネラティブアートでしか生じえない創造性はあるのだろうか,ということは常々疑問に感じていました.

創発的なシステムがつくるアート

ジェネラティブアートとは何かということについて,もう少しちゃんと見ててみましょう.この成立条件としてよく挙げられる要素の1つは「創発性」です.これはなかなか難しい概念ではあるのですが,例えとしてよく挙げられるのは植物の育成です.私たちは植物を育てるときに,リールを使ったり剪定することによって大まかにデザインすることはできますが,葉や枝の形状までを細かくコントロールすることはできません.このように個々の部分は「勝手に育つ」要素を持ちながらも,その植物としては統一性を持ったものができる,こういった特性は創発性と呼ばれます.そういった意味では盆栽もアクアリウムも広い意味でのジェネラティブアートと呼べますが,通常は何らかのルールによって人為的な創発性を仕込み,そこから生成されるものがジェネラティブアートと呼ばれます.このような創発的なシステムを使うことにより,予想外の結果を引き起こさせ,人の想像力を拡張させることができる,というのが大元のアイデアです.永松歩さんの論文では日本語でジェネラティブアートの背景についてもっと詳しく書かれています.

ノイズ

創発的なシステムをつくるための道具としてよく使われるのがノイズです.CGにおける(プロシージャル)ノイズは,計算によって生み出された疑似乱数を加工してつくります.ジェネラティブアートでノイズがよく使われる理由の1つにその利便性があります.例えば地形や波面のような自然形状の外観にはフラクタル的なゆらぎがあることが知られていますが,うまくノイズを加工して重ね合わせることで,そのようなゆらぎを模倣することができます.
しかし単なる疑似乱数にそこまでの創発性があるのか,ということは議論されるべき点です.そもそもノイズを使ったCG技術はあくまで自然を模倣するための技術であり,自然そのものを生成する技術ではありません.プロシージャル生成の技術は,CGやゲームでは主に実用的な要請に応じてつくられました.Isaac Karthの論文ではそのポエティックス(詩学)に目を向けた上で,ノイズの品質に関する議論もなされています.

セルオートマトン

創発的なシステムとして他によく使われるものがセルオートマトンです.セルオートマトンは単純なルールでありながら,複雑な結果を引き起こすシステムです.コンピュータサイエンスではかなり古い時代からあるものですが,パラメータや初期状態,遷移ルールによって爆発的に組み合わせ方が増えるため,その挙動については基本的なものを除いて解明されていません.貝殻の模様など自然現象との類似はよく観察されており,創発性に関する理論の基本モデルとしてよく挙げられています.
セルオートマトンをビジュアルアートに応用する上で難しいのは,狙った形をつくるのが難しい,という点です.パラメータをすこしいじるだけでその生成結果は大きく変わってしまい,またエラーに弱いというロバストネス(頑強性)の問題があります.

今回のトークのゲストである古舘さんと村山さんは,それぞれノイズやセルオートマトンを表現に組み入れて活動してきたアーティストです.ノイズやセルオートマトンがどのようにアートになりうるのか,その可能性についていろいろ聞いてみようと思います.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?