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6月19日 火山のデータベース

日本は火山国だとよく言われます。さて、これは本当でしょうか?

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アメリカのスミソニアン自然史博物館が公表している世界の活火山データベースには1422登録されています。そのうち123が日本にありますから、世界の活火山の10%が日本に集中するは、おおむね正しいようです。

ただし、海嶺の存在を忘れてはなりません。名前がついて登録されている火山のほとんどは陸上にありますが、それを桁で上回る火山が深海底にあります。海嶺の火山には名前がついてないので、ひとつふたつと数えるのはむずかしい。桁違いは年間噴出量で比較したときの話です。

いまこのときも、プレート拡大境界である海嶺のどこかで玄武岩が流出していると思われます。海嶺は1000メートルより深い海の底にありますから、噴火していても海面に何の変化も及ぼしません。

海嶺でたとえいつも噴火していても、私たちの生活に影響ありません。ただし、エルニーニョは海嶺で玄武岩溶岩が大量に流出するのがその原因だとみる説もあります。以下では、陸上と浅海だけを考えることにしましょう。

インドネシアは、日本以上に火山だらけです。アイスランドは火山でできた島です。アメリカとイタリアにも火山がけっこうあります。イギリスとフランスは、かつての植民地に活発な火山を複数持っています。カリブ海やインド洋に浮かぶ火山島です。

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初対面の人に私が火山を研究していると言うと、富士山は休火山ではなく活火山ですよね、と同意を求められることがあって立ち往生します。

上の答えのうち4の気持ちがとても強いですが、まじめに答えるとすれば富士山は2の休火山だとしたい。1の活火山だと言いたくありません。だって、富士山は江戸時代1707年に噴火したきり、300年以上も噴火してないし、山頂まで毎年大勢が登っています。活火山だったら、いつ噴火するかわからないから山頂火口には危なくて近寄れません。桜島しかり。浅間山しかり。富士山の噴火リスクと桜島・浅間山の噴火リスクは、しっかり区別したいものです。

火山は昔から、活火山・休火山・死火山の三つに分類されています。英語にも対応する語があります。Active, dormant, extinct です。おそらく英語が先で、明治時代に翻訳したのでしょう。しかし日本では、あるときから休火山の語が使われなくなりました。いま休んでいてもいつ噴火するかわからないから休火山と呼ぶべきでない。噴火する可能性のある火山はすべて活火山と呼ぶべきだ、ということのようです。この休火山撲滅運動がいつどうやって起こったか、調べたことがあります。1960年代の文部省教科書検定でした。ひとりの教科書審議官が「やめてとお願いした」そうです。

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東京書籍の高校地学教科書、『改訂地学基礎』2018年

死火山の語が葬られたのは、1979年10月28日の御嶽山噴火がきっかけだったとする文章をいまでも雑誌やネットで散見します。あ、現行の高校教科書にも載っています。その教科書は、それまで死火山だとされていた御嶽山が突然噴火したので、死火山も休火山も無意味なものになったと書いています。しかし、御嶽山が1979年の噴火前は死火山とされていたは誤認です。気象庁は、御嶽山を活火山のひとつとして登録していました(日本活火山要覧、1975)。

休火山と死火山を言葉狩りしたひとたちは、そのかわりに「活火山」と「そうでない火山」の二分類にするそうです。おかしな分類です。そして、三分割から二分割に精度が落ちてしまっています。由々しき事態ですが、これがおかしいと主張する火山専門家が、私以外にほとんどいないのが実情です。

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星の王子さまは、死火山ですら「いつまた噴火するかわかりません」と掃除するのを欠かしません。この死火山、じつは、昔からある岩波書店の内藤濯訳では休火山と訳されていました。原文のフランス語は volcan eteintですから、死火山が正しい。

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休火山は、いまは眠っていますが、眠っているだけで死んでない。生きているということです。やがて目を覚まして噴火すると覚悟するべきです。火山はたいていの時間を眠って過ごし、まれに目を覚まして噴火するものなのです。休火山の語を駆逐するべきではありません。休火山は、火山の特徴をたいへんよく表現した語です。今後も使い続けるべきです。

また、星の王子さまは「いつまた噴火するかわかりません」と心配しましたが、死んでしまってもう噴火しない死火山も定義できます。地下のマグマだまりがすっかり冷えてしまって噴火する能力を失ったとき、その火山は死んだと言いましょう。

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最後の噴火が0~100年前の火山を活火山と言うことにしましょう。あなたや、あなたの祖父母たちが噴火を経験した火山です。群馬県では浅間山と草津白根山が該当します。どちらも、大学の火山観測所が設置されています。

最後の噴火が100年前~1万年前だった火山を休火山と呼ぶことにしましょう。スミソニアン自然史博物館のデータベースも、日本気象庁の活火山リストも、過去1万年前(完新世)に噴火した火山を登録しています。群馬県では、日光白根山と燧ヶ岳と榛名山がこれに該当します。赤城山の最後の噴火は2万4500年前でしたが、気象庁が(ちょっと間違って)活火山にしているので、赤城山もここにいれておくことにしましょう。あるいは、休火山の下限1万年を3万年にしましょうか。赤城山を、もう噴火しないと言い切るのは躊躇します。

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1万年~258万年前に最後に噴火した火山を死火山と呼ぶことにしましょう。第四紀更新世という時代にあたります。更新世火山あるいは第四紀火山と呼んでもよい。群馬県では、四阿山(あずまやさん)、小野子山、子持山、武尊山が該当します。

四阿山はもう28万年も噴火していません。地下のマグマだまりはすっかり冷え固まってしまったとみられます。地下のことは確実なことがなかなかわかりませんから、星の王子さまが心配するように四阿山には噴火する能力がまだ秘められているとしても、これから1年間に四阿山が噴火する確率は28万分の1です。とても小さい。十分に小さい。もう噴火しない死火山だとして扱うのが合理的でしょう。この見方からすると、死火山の上限を1万年にとるのは、ちょっと不安です。10万年くらいがよいのかもしれません。

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二度上峠から見た四阿山

258万年前より昔は、新第三紀と呼ばれるいまとは別の時代です。その時代に噴火した場所は、もはや火山と言うべきではありません。普通の山です。妙義山は470万年前に海底噴火しました。荒船山は900万年前に流れ出した一枚の溶岩です。どちらもいまは山になっていますが、噴出物や溶岩が積み重なって高くなったのではありません。普通の山がそうするように隆起して高くなりました。だから、妙義山も荒船山も火山ではありません。火山岩からなる普通の山です。

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荒船山

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スミソニアン自然史博物館は、日本に活火山(完新世火山)が123あるとしましたが、日本気象庁は111だとしています。この食い違いは、火山の数え方や噴火年代の評価に依存します。赤城山の例もありますから、細部にこだわるのはやめましょう。最近1万年に噴火した火山は、日本に100ちょっとあるということです。

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日本列島を北から順に、まずは北海道から見てみましょう。北方領土に10山あります。スミソニアン自然史博物武漢のデータベースは、これをロシアとして登録しています。ロシアが70年以上実効支配しているので詳細はよくわかりませんが、1973年7月14日に国後島の爺爺岳が大きな噴火をしました。南麓に開いた丸い噴火口をグーグル衛星写真で見ることができます。

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樽前山。直径1300メートルの平坦な山頂火口原に、直径400メートルの溶岩ドームが鎮座しています。1909年噴火で上昇してきました。また噴火した場合、東北東30キロにある新千歳空港への影響が懸念されます。

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有珠山にある昭和新山(右の茶色おむすび)は1944年に畑が盛り上がってできた溶岩ドームです。そのあと、1977年と2000年にも噴火しました。2000年3月の噴火は噴火予知の成功例として有名です。

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東北地方の火山配置には、火山前線がはっきりみえます。太平洋側の北上山地と阿武隈山地には火山がひとつもありません。火山は脊梁山脈上に集中しています。そして日本海側に向かってまばらに分布します。火山前線は、太平洋プレートが深さ100キロまで沈み込んだところに当たります。秋田山形県境にある鳥海山は、富士山に次いで日本で二番目に大きい火山です。

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十和田湖。3回の火砕流噴火の結果としてできたカルデラ湖です。最後のカルデラ破局噴火は1万5000年前に起こっりました。中湖に突き出た烏帽子岩はダイクです。その向こうの御倉山は、平安時代915年噴火の最終段階で上昇してきた溶岩ドームです。

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岩手山と盛岡市。中央左寄りに新幹線盛岡駅の大きな駅舎が見えます。岩手山は6900年前に北東方向に大きく崩壊しました。大更付近に展開した平笠土石なだれは北上川をせき止め、下流の盛岡市に泥流被害を長くもたらしたはずです。もしかすると、平笠土石なだれそのものが一気に盛岡市まで届いたかもしれません。

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蔵王山の中心部には御釜があります。2013年1月に火山性微動が観測され、2015年4月13日には気象庁が火口周辺警報を出して噴火するかもしれないと警告しましたが、結局噴火しませんでした。

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吾妻山は2014年12月12日以降、噴火警戒レベル2に3回なりましたが、噴火しませんでした。福島市内からよく見えます。水蒸気が真っすぐ上がっているのを、新幹線車中からも見ることができます。

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関東・中部・伊豆の火山配置にも火山前線がみえます。東北から南下してきた火山前線が赤城山で西に向かうのは、フィリピン海プレートが南から沈み込んでいるせいです。そして、富士山から再び南下します。伊豆大島、八丈島を経て、西之島、そして硫黄島の先まで1000キロを超えて連なっています。富士山はずば抜けて大きい火山です。太平洋プレートとフィリピン海プレートとユーラシアプレートが交わる特別な場所にあるからでしょうか。小笠原諸島は火山ではありません。古第三紀の地層でできています。火山列島から東側に100キロ離れています。

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軽井沢駅上空から見た浅間山です。近くが離山溶岩ドーム。遠い右側が小浅間山溶岩ドームです。2万年前に相次いで上昇しました。

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箱根山。芦ノ湖はカルデラ湖です。冠ヶ岳がいまの火山中心です。そこから広がる姥子扇状地は、大雨のたびに何度も発生した土石流が砂礫を積み重ねてできました。

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御嶽山は2014年9月27日に突然噴火しました。山頂付近にいた登山者が63人も死亡しました。死因は、高空から落下してきた火山れきに打たれたためがほとんどでしたが、熱雲に飲み込まれたために亡くなった人もいたようです。階段の上の建物がある狭い広場が山頂。その向こうの雲が沸いているところが噴火した地獄谷火口。

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九州・沖縄の火山です。九州島の南に連なる種子島、奄美大島、沖縄本島、宮古島、石垣島などの大きな島々は火山ではありません。その西側を並行して走る小さな島々からなるトカラ列島が火山の並びです。鬼界カルデラの縁にあたる薩摩硫黄島、2015年5月に全島避難があった口永良部島、いつも噴火している諏訪之瀬島などです。

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阿蘇。4回の火砕流噴火の結果としてできたカルデラです。最後のカルデラ破局噴火は9万年前に起こりました。そのときの火砕流は、瀬戸内海を渡って山口県秋吉台の麓まで150キロも届きました。鹿児島県を除く九州島全域と山口県が火砕流に覆われました。いまその領域の中に1100万人が住んでいます。写真では、中岳火口内に湯だまりがあるのがわかります。その表面から青白い煙が上昇して右にたなびいています。その向こうは最高峰の高岳(1592メートル)です。

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桜島の昭和火口と諏訪之瀬島です。どちらも毎日、少なくとも毎月噴火しています。この二つは正真正銘の活火山です。桜島は1955年10月13日以来65年も、諏訪之瀬島に至っては400年も、噴火し続けています。例外的な眠らない火山です。諏訪之瀬島は東シナ海のストロンボリ島と呼ばれています。

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口永良部島では、2015年5月30日に火砕流が突然発生して全島民が島外に一時避難しました。火山島は狭いですから、噴火すると逃げ場がありません。いきおい島から脱出することになります。そのときはひとりが軽いやけどを負っただけですみましたが、危険が去ったわけではありません。その後も2018年12月18日と2019年1月17日に火砕流が2キロ近くまで届いています。口永良部島の住民はいまも噴火リスクにさらされています。

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次に、世界を見てみましょう。

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ハワイ島のキラウエア火山。1983年1月から35年間ずっと噴火し続けましたが、2018年8月に終わりました。上の写真は、1991年7月のハレマウマウ火口です。直径1キロの底は平らですが、いまはすり鉢型になってそこに水が溜まっています。

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キラウエア火山が噴火しているときは、太平洋に流れ込む溶岩を近くで観察することができました。私も何度か行きました。

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イタリアのベスビウス火山。西暦79年の噴火でポンペイを埋めました。小プリニーがこの噴火を書き残しました。火山噴火を書いた最古の文字記録です。火山のかたちは浅間山とたいへんよく似ています。

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アイスランドのヘイマエイ島。1974年に噴火して遠景のスコリア丘ができ、左側に溶岩が流れ出しました。右側にある白壁の村は空から見るときれいにですが、このあと着陸して近くから見たら汚れていました。スコリアに厚く埋まったあと、掘り出された家々です。いまでも使われています。

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「浅間山はこれまで何回噴火しましたか?」この質問には答えられません。噴火を数えることは、とてもむずかしい。

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噴火の数え方は約束事になります。時間と空間がどれだけ離れたら別の噴火とみなすか、定義をしてから数えることになります。しかし、学界で、地域社会で、すでにできあがっている慣習もありますから、決めた定義を杓子定規に適用すると、なかなか普及しません。柔軟さが求められます。

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噴火の大きさは、噴出したマグマの質量で測るのがもっとも合理的です。噴出量と言います。常用対数で表現すると便利です。噴火マグニチュード(M)を上のように定義すると、10億トンがM5になります。1辺が1キロのサイコロだと思ってください。厳密には、マグマは水より密度が2.3倍大きいですからM5.4になります。噴火マグニチュードの実例を下に示します。

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このように、大きな噴火と小さな噴火は8桁も違います。M1より小さい噴火もありますから、その広がりは10桁を超えます。一回の噴火の大きさに上限があるかどうかわかりませんが、もしM9にあるとしたら10兆トンです。縦30キロ*横30キロ*深さ5キロ程度です。

下限は明確にあります。1辺1メートル弱のサイコロにあたる1トンのマグマを出して終わる噴火は、ないです。もしそれしか出ないつもりなら、通路を切り開いて地表に噴き出すことはないでしょう。1トンを噴火マグニチュードで表現するとマイナス4(M-4)になります。

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大きい噴火はめったに起こりません。小さい噴火はしょっちゅう起こります。噴火の規模と頻度には反比例の関係があります。

日本列島全体でみると、M7噴火は、1万年に1回起こります。最近は7300年前に鬼界カルデラを陥没させたアカホヤ噴火(M8.1)です。M5噴火は100年に1回起こります。最近は1914年1月に桜島を地続きにした大正噴火(M5.6)です。M3より小さい噴火は、外挿して期待されるよりずっと少ない。地下でマグマがうごめいても地表に噴火するまでに至らず、ダイクとして固まってしまうことが多いのでしょう。

日本の噴火を検索できます。
2000年噴火データベース
100万年テフラデータベース


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