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12月11日 甲状腺がん

子供にはまれなはずの甲状腺がんが増えたことが、チェルノブイリで1986年4月に起こった原発事故のあと報告されました。小児甲状腺がんは、国際的に認められた原発事故放射線による唯一の健康被害です。福島第一原発事故のあと、チェルノブイリと同様に小児甲状腺がんが増えるのではないかの不安が、福島県とその周辺で広がりました。

福島県は、国の援助を得て、県内の18歳以下の子供全員36万人を超音波で甲状腺を検査すると、2011年9月に決めました。その1年後に甲状腺がん事例が初めて報告されて、日本社会に大きな動揺が走りました。福島県の甲状腺検査はその後何年も、日本社会の注目を浴び続けました。いまは、沈静化しています。

ここでは、福島県の小児甲状腺がんを時間を追って紹介します。ただし、私のデータ更新とその解釈は2018年11月で止まっています。その後も福島県の甲状腺検査は続いていますが、私の関心が薄れてきました。

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放射線を100mSv浴びるとがん死が0.5%増えることは、多くの人々が認めていると、田崎さんの本に書いてありました。私もその通りだと思います。

日本人は50%ががんになります。30%ががんで死亡します。集団を構成する全員が100mSv被ばくするとがん死が0.5%増えるということは、30%が30.5%になることを意味します。はたしてこの増分が判別できるでしょうか。3000万人の集団を考えます。毎年30万人死亡が30万5000人になったとき、増加していることが統計的に判別できるでしょうか。ゆらぎと誤差に埋没してしまって、たいへんむずかしいだろうと思われます。

甲状腺がんは、成人にはよくみつかりますが、子供には少ない病気です。100万人に1人か2人のたいへんまれな病気であることが知られています。この病気が、1986年4月のチェルノブイリ事故のあと、ベラルーシとウクライナの子供たちからたくさんみつかりました。とはいっても、死者は10人ほどでした。

原因は、事故初期にヨウ素に被ばくしたことだと考えられました。

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ベラルーシの子供の甲状腺がんの経年変化を示したこの図はとても有名です。事故から4年たった1990年から増え始め、0-14歳は1996年にピークを打ち、2002年にはほぼ元に戻っています。事故後生まれの子供たちばかりになったからだと考えます。15-19歳のピークは5年ほど遅れて来ています。たいへんもっともらしいグラフにみえます。縦軸は10万人あたりの症例数で、ピーク時で10人です。

子供に甲状腺がんが増えていることを迅速に把握して、放射線による深刻な健康影響、つまりはもっと致死率の高いがんの増加を事前に知ることができる期待感があったようです。わかりやすくいうと、子供の甲状腺がんを炭鉱のカナリアとして使おうとしたフシがあります。

こうした周辺事情の中で、福島県が子供全員甲状腺検査を始めました。

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福島県が掲げた甲状腺検査の目的です。「子供たちの健康を長期的に見守り、本人や保護者に安心していただく」とあります。この検査は、安心するためを目的として始まったのです。

福島県は批判を受けて、2年後に、早期発見・早期治療を検査目的に追加しました。はたして小児甲状腺がんは早期に発見したほうがよい疾病なのでしょうか。早期に治療したほうがよい疾病なのでしょうか。私は疑問に思いました。

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福島県の甲状腺検査は、のどに超音波発生器をあてて甲状腺の内部構造を見る方法で行います。A1は結節ものう胞もなし、A2は5ミリ以下の結節または20ミリ以下ののう胞、Bは5ミリ超の結節または20ミリ超ののう胞です。結節は固いしこり、のう胞は膿(うみ)がたまった袋のことです。Cはただちに二次検査が必要な状態です。これは例外的で、いままで1人しかいません。

B判定を受けたら、順番に二次検査に進みます。医師が必要と判断したら、のどに針を刺して細胞の小片を採取します(細胞診)。細胞診で悪性が疑われたら、手術して甲状腺の一部を摘出します。摘出した組織を顕微鏡で観察してがん細胞であることを確認してはじめて、がんが確定します。疑いが確定する確率は9割だそうです。

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甲状腺がんの疑いと確定の数を、福島県はおおむね3か月ごとに公表してきました。上は、2015年8月までを棒グラフで示しています。36万人全員の検査がほぼ終わった段階です。がん疑いまたは確定が112人と報告されました。100万人に1人か2人よりはるかに多い数字です。由々しき事態なのでしょうか。

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でも、なにかおかしな感じがします。B判定の割合に注目してみましょう。福島県は0.5-0.6%です。比較対象として青森県・山梨県・長崎県で、4365人と数は十分ではありませんが、国立学校に通う子供たちを検査しました。そのB判定割合は1.0%でした。被ばくしなかった3県のほうが、福島県よりB判定割合が高いという期待とは逆の結果になりました。

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子供の甲状腺がん率を10万人あたりで比べてみましょう。福島県は35人ですが、それまで報告されてていた神奈川、千葉、そして岡山の事例では、それと同じかむしろ高い割合になっています。

放射線被ばくによって福島県で小児甲状腺がんが増えたと結論するのは、早計にみえます。

福島県内の地域変化をみましょう。私の放射能汚染地図でわかるように、福島県内の汚染程度にはいちじるしい濃淡があります。汚染とがんに相関関係があるかどうかを調べてみます。

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B判定割合(%)を私の放射能汚染地図に重ねてみました。相関は認められません。汚染がひどい地域にB判定が多いということはありません。

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甲状腺がん数を私の放射能汚染地図に重ねてみました。これにも相関がみられません。がん数は人口に比例しているようにみえます。

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私の放射能汚染地図はセシウムの地図ですから、ヨウ素の地図と比べてみました。これにも相関が見られません。

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もっと厳密に議論するために年齢による補正をして、11-15歳10万人あたりのがん数を求めて私の放射能汚染地図の上に重ねました。年齢が上がるとがんになりやすくなるので、厳密に比較するためには年齢構成をそろえる必要があります。やはり相関は見られません。3県調査では、その後ひとりにがんがみつかりましたので、35人に相当します。

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福島県の計画では、1巡目を2年半かけて、2巡目以降は2年かけて子供全員を検査します。2020年12月のいまは5巡目の途中のはずです。

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2016年6月時点の表です。先行検査(1巡目)と本格検査(2巡目)を比較しています。先行検査でB判定だった1366人のうち本格検査でもB判定だった人は53.3%でした。B判定の確度はこんなものです。

本格検査でB判定だった2217人うち393人が先行検査でA1判定、935人がA2判定でした。結節は、2年くらいで、できたりなくなったりしているのかもしれません。

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1巡目、2巡目、3巡目を比べてみました。B判定割合は変わりません。0.5-0.8%程度です。細胞診を実施する割合がぐっと減ってきています。1巡目では26.17%でしたが、3巡目では4.90%しか実施していません。検査への批判に配慮して減らしたのだと思われます。細胞診をした結果がんだった割合は少しだけ増えています。検査を絞ったせいでしょう。

福島県の子供たちに多数みつかる甲状腺がんの原因はいったい何なのでしょうか。

検査を始めたときは、原発事故で放射線被ばくしたからだと考える人が多かったのですが、しだいに次のように考える人が増えてきました。もとからあった異常を超音波検査でみつけてしまった。従来から知られていた「100万人に1人か2人」は、症状が出て病院の門をたたいてがんが確認された発生率なのだから、症状がない異常を検査で無理矢理見つけ出した有病率と比べるのは不当である。超音波検査は、症状のない異常を掘り出してしまったようです。

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もうひとつ、超音波検査が甲状腺にがんをつくった可能性も論理的には考えられますが、超音波にそこまでの能力はなさそうです。

積極的に調べたせいで増えることは、火山学でよく知られています。グローバルに見て、火山噴火の報告数は1500年ころからうなぎ登りに増えています。これは、大航海時代が到来して、旅客機が飛ぶようになって、人工衛星が打ち上げられて、人々の目が地球の隅々に常時届くようになったことによるみかけの効果です。けっして火山が活発に噴火するようになったからではありません。地球はいままで通りのペースで火山を噴火させています。たぶん。

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これを、reporting indexと言います。いままでなかった新しい方法を導入して熱心に測れば、増えるのは当たり前です。得られた結果は、観察対象の変化を見たわけではありません。観察対象の変化をとらえたいなら、観察条件をそろえて比較しないといけません。

甲状腺検査はすみやかに中止すべき

いま福島県でみつかっている小児甲状腺がんは放射線被ばくがもたらしたものではありません。原発事故由来ではありません。

原発事故由来だとしたら説明できないことは次です。
1)B判定割合が、福島県も他3県も、05-1.0%と同じである。
2)がん数が福島県内において特定地域に偏在していない。むしろ人口に依存している。
3)事故からまだ1年あるいは2年で、20ミリを超えた結節がみつかった。倍化速度では説明できない。(倍化速度とは大きさが2倍になる速度のことです。半減期の逆です。)
4)1巡目、2巡目、3巡目で、がん率が変わらない。時間経過とともに増えていない。結節も大きくなっていない。

甲状腺がんが多発しているのではありません。多数のがんが報告されたのは、もとからあって放置されていたがんをスクリーニング検査で無理矢理みつけだしたからです。これまで発見されたがんのどれにも自覚症状は報告されていません。

したがって、原発事故によって小児甲状腺がんが増える心配を理由に子供たちの甲状腺を検査するのは不当です。即刻中止すべきです。検査しても治りません。甲状腺がんを早期発見しても延命率が上がることはありません。摘出手術に進んで生活の質が低下するだけです。がんだとわかれば、健康保険に加入できませんし、将来の配偶者選びにも差し支えるでしょう。

チェルノブイリ事故では、福島事故の10倍の放射性物質が大気中に出ました。しかし、人口密度が10分の1ですから、環境汚染の程度は福島と同じです。集団被ばく線量(Sv・人)で見ると同じです。福島で小児甲状腺がんが増えてないなら、チェルノブイリで増えた報告も疑わしくなります。

私はチェルノブイリの小児甲状腺がんを、福島と同じ理由で、強く疑っていますが、専門家はまだ認識を改めていないようです。国際的合意はそのままです。

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過剰診断という概念があります。少しむずかしいのでよく聞いてください。過剰診断とは、発症しない(とくに死に至らない)病気を診断することを言います。誤診とは違います。診断そのものは正しいのですが、診断しないほうがマシな病気があるということです。乳がん、前立腺がん、肺がんなどで知られています。

ある集団で7人が乳がんと診断されて、うち4人が死亡したとしましょう。もしその集団に検診を行っていたら、乳がんが10人みつかって、8人が治療して助かり、2人が死亡するとしましょう。

この場合、治療しなくても死ななかった3人が過剰診断です。でも、死亡が2人減少していますから、この検診は推奨されます。3人が過剰診断で不利益を受けますが、2人が死なずにすみますから。

もし死亡率に減少が認められない場合は、過剰診断だけが生じます。そういう検診は推奨されません。してはなりません。早期発見は、かならずしもよいことではありません。死亡率を引き下げない検診は推奨されません。小児甲状腺がんは、どうやらそういう病気のようです。死ぬまで発症しないがんを、全員検査で強引に見つけ出してしまっているようです。

質問

もし超音波による甲状腺検査を無料で受ける機会を得たら、あなたは受けますか?回答はMoodleのフィードバックに書き込みなさい。

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