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富士山から36キロ流れ下った猿橋溶岩

画面を下から上に流れる桂川に架かる三本の橋のうち真ん中が歴史的な猿橋だ。1万2000年前に富士山から流れて来た猿橋溶岩が右岸上半部をつくる。その先で蛇行する桂川の滑走斜面の上に住宅地が造成されているが、そこが猿橋溶岩の最先端だ。富士山頂から直線距離で36キロ離れている。猿橋溶岩の上面標高は310メートルで、桂川の水面より30メートル高い。

右岸崖下から見上げた猿橋溶岩。ここでの厚さは10メートル。下部に柱状節理が見える。表面を覆う地層はほとんど認められない。

中央左寄りが大月駅

大月市街地は、桂川の谷のなかに猿橋溶岩がつくった平坦面の上に展開している。

猿橋溶岩は、1万2000年前(富士宮期)に富士山から流れ下った大容量の溶岩だ。南に向かった三島溶岩も同時期に流れた。(山腹から流出したのだろうが)山頂から直線で測ってどちらも36キロ先まで届いた。その後現在までの須走期に何度も何度も流れ下った溶岩は、すべて半径18キロ円内に留まった。1万2000年前の富士山は特別状態にあったようだ。

溶岩がどこまで届くかはマグマ噴出率(kg/s)とその継続時間で決まる。富士山からの溶岩が相模川を下って神奈川県まで届くとするシミュレーション結果が最近報道されたが、適当なパラメータを入力すれば、川に沿って海まで溶岩が下るのは当たり前だ。川は必ず海に届く。

富士山が休息から目覚めて噴火を始めたとき、どんなパラメータで溶岩が流れるかを前もって知ることはできない。1万2000年前の猿橋溶岩と三島溶岩のときのような極端に大きいパラメータが次の溶岩噴火で実現することは、その後に何度も何度も流れた溶岩を見ると、可能性はゼロではないが、ありそうにない。神奈川県まで達するような猿橋溶岩を超えるパラメータが次の溶岩噴火のときに実現するかもしれないとおびえるのは、杞憂だと片付けてよい。

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