アサシン_クリード

全国劇場公開中!映画「アサシン クリード」、公式ノヴェライズのプロローグ無料公開!

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  幾世紀もの長きにわたり、テンプル騎士団は伝説の“禁断(エデン)の果実”を探し求めてきた。

 果実には、人類最初の不服従の種だけでなく、自由意志に関する手がかりも隠されている。彼らはそう信じていた。

 この遺物が発見され、秘密が解明されてしまえば、全人類の思考能力が支配されることになる。

 阻止できるのは、アサシン教団と呼ばれる一団のみ……

プロローグ

スペイン、アンダルシア

1491年

 空は黄金色の炎のように、触れるものすべてを輝かせていた。張り出した山々の岩がちな肌を、麓に広がる都市を、ムーア様式の砦の赤い瓦屋根を。その砦もまた、広々とした中庭に自らの火を燃やしていた。

 迫りくる夜の冷ややかなラヴェンダー色がその黄金色に取って代わろうとするなか、しなるように吹く風を切って飛翔した一羽の鷹が、その晩のねぐらに向かっていた。眼下では人々が鍛冶作業に集中し、刃を鍛えている。鷹にも、風にも、空にも見向きすることなく。

 人々の顔は影に覆われている。全員がフードをかぶっている。打ったばかりの刃が研がれ、溶けた金属が流し込まれ、また一本、赤熱する鋼鉄が叩かれ、灰色の従順なしもべに生まれ変わる。誰ひとり口をきく者はいない。かんかん、ぎいぎいという作業の音以外、沈黙を破るものはない。

 巨大な砦の入口の外に、ひとりの男が立っている。背は高く、均整が取れていて、筋肉質だ。どこか陰鬱で、落ち着きがない。ほかのみなと同じようにフードをかぶってはいるが、正確に言えば、彼らの一員ではない。

 今のところはまだ。

 それが男の血の中を流れていることは否定のしようがない。両親は、彼がこれから命を懸けて守ると誓うことになる教団の一員だった。まだ幼かったころ、遊びや冒険に見立てて、両親が戦うすべを、身を隠すすべを、跳躍し、登攀(とはん)するすべを教えてくれた。

 当時はあまりに幼く、純粋だったため、そうした教えの背後に横たわっている残酷な真実を理解できていなかった。長じると、両親は語った。自分たちが何者であり、何に仕えるべきであるかを。自分が自らの運命の主人ではないという考えは好きになれなかったし、両親と同じ道を歩むことにも気が乗らなかった。

 それが一家の全員に災いした。

 強大なる敵が彼らを嗅ぎつけていたのだ。

 行動を観察し、習性に眼を光らせていたのだ。さながら肉食動物のように。敵は群れの中から、同胞たちの中から両親を選び出し、急襲した。その圧倒的な数をまえに、抗うすべはなかった。

 そして、ふたりは殺された。

 おぞましく、敬意のかけらもない、卑劣な方法で。そういう連中だ。ふたりは杭に結んだ鎖につながれ、足元に薪を積まれ、薪にも体にも油をかけられ、火を放たれた。群衆はこの恐ろしい見世物に歓声をあげた。

 両親がさらわれたとき、男はその場にいなかった。今、片足からもう片方の足に重心を移しながら、あのときと同じように自らの胸に問いかけている。もしおれがあの場に居合わせていたら、状況はちがっていただろうか? 手遅れになってからやってきた教団の面々は口をそろえて言った。いや、何もできなかっただろう。訓練を受けていないのだから、と。

 殺人者たちは自らのおこないを隠そうとしなかったどころか、むしろ〝異端者〟どもを捕らえたと吹聴してまわった。襲撃を指揮したのは、氷のような眼をした冷血のオヘダ。長身で、胸まわりは樽より分厚い。トマス・デ・トルケマダ神父がアギラールの家族に異端を宣告し、火あぶりを命じるあいだ、オヘダはこの残忍な神父の傍らに立っていた。

 もう両親を救うことはできない。けれど、まだ自分自身を救うことはできる。

 教団は最初、アギラールの申し出を拒み、動機を疑っていた。が、マリアは彼の瞳の中に、復讐への欲求以上のものがあると見抜いていた。生々しい悲しみと本能的、衝動的な怒りの向こうに、両親を殺した男への復讐以上の何かがあると。

 マリアには彼がこう考えているのがわかっていた。この世には、自分が愛してきた者たちよりも大切なものがある──教義(クリード)が。教義は教団の誰よりも永らえ、幾世代にもわたって受け継がれていく、と。

 アサシンの子孫たちに。アギラール自身がそうであったように。

 そうして、彼は訓練を受けることになった。なかには簡単なものもあり、〝遊び〟によって才能を培ってくれた両親に感謝した。厳しい訓練の際には、動きが鈍重であったり、不注意であったり、あるいはたんに疲弊しすぎたりしているせいで傷を負うこともあった。

 自らの血統の歴史を学び、勇気を学んだ。部外者には無謀としか思えないはずの行動へと彼らを駆りたててきた勇気を。教団の同胞ほど熱く血をたぎらせる者はいない。

 その間ずっと、マリアがいてくれた。

 彼女はなんにでもすぐに笑ったが、剣さばきはもっとすばやく、ひと呼吸ひと呼吸が力強かった。稽古中、アギラールがふらつくようなことがあれば容赦なくしごき、うまくできれば褒めた。その彼女は今、砦の中にいて、儀式を手伝っている。殺された両親が導いてくれるはずだった場所に、彼を導くための儀式を。

 扉のまえにフードをかぶった人々が現われ、アギラールは物思いから引き戻された。無言のまま、彼らの手招きに従う。心臓が期待に早鐘を打つが、階段をおり、ひらけた場所に出ると、落ち着きが宿る。詠唱が聞こえてくる。「真実はなく、赦されぬことなどない(ラーシェイア・ワキュン・ムトラクベイル・クルンムーキン)」

 フードをかぶった人々はみな、ゆるい輪になって、中央の長方形のテーブルを囲んで立った。テーブルの端には、彼のよく知る人物、導師のベネディクトが立っている。アギラールは彼から特訓を受け、そばで戦ってきた。寛大で、笑顔と賞賛を惜しまない男だが、テーブルの上に置かれた蝋燭と壁の燭台のゆらめく炎が浮かびあがらせているその表情に、明るい色はなかった。

 家族を失った若きアギラールに手を差しのべたのが、ベネディクトとマリアだった。ベネディクトはさらわれた父親の代わりを務めてみせるというようなそぶりは少しも見せなかったが、できるだけのことをしてくれていた。そんな彼を、今回の入団者であるアギラールを含め、その場にいる全員が尊敬していた。

 ベネディクトが口をひらくと、太い声が儀式の参加者全員に届く。

「異端審問により、いよいよスペインがテンプル騎士団の手に落ちようとしている。国王(スルタン)のムハンマドならびに国民たちはグラナダで抵抗を続けているが、子息である王子が捕らわれるようなことがあれば、スルタンはグラナダとエデンの果実を差し出すだろう」

 参加者たちの顔には刺青や装飾が施されており、その多くに、誇らしげな傷痕が残っている。彼らは一様に無表情だったが、この知らせによって部屋の中の緊張が高まったのが感じられた。ベネディクトはそんな彼らを見て、満足げだった。

 彼の暗い視線がアギラールの上で止まり、ようやく輝いた。時が来たのだ。

「アギラール・デ・ネルハ、汝は自由のための戦いにおいて、教団との取り決めを果たすことを誓うか? 人類を守り、テンプル騎士団の暴虐を防ぎ、自由なる意志を守ることを誓うか?」

 アギラールはためらうことなく答えた。「誓います」

 ベネディクトは力のこもった声で続ける。

「テンプル騎士団は果実を手に入れ、行く手を阻むものすべてを破壊するつもりだ。そうなれば、異議を唱えることも、抗議の声をあげることもできなくなり、われらが自ら考える権利も奪われる。汝の生命とここにいる全員の生命を賭し、果実をやつらに渡さぬことを誓うのだ」

 これは通常の儀式の文言ではない。アギラールはそう気づいた。この危険きわまりない時代にあって、求められているいっさいを入団者が承知していることを、導師は疑問の余地なく確かめておきたいのだろう。

 それでも、アギラールはためらわなかった。「はい、導師よ」

 ベネディクトの茶色い瞳がアギラールの瞳を窺う。導師はうなずき、アギラールの隣に立つと、その右手を取った。儀式に必要な犠牲に備え、すでに包帯が巻かれている。華美な金属が巻かれ、彫刻の施された木塊の上に、そっとアギラールの手を置く。

 木塊にはすでに古い錆のような風合いのしみが、暗い勲章となって残っている。

 ベネディクトはゆっくりとアギラールの手をそこに置くと、その薬指の上にふたまたの器具をあてがった。アギラールにとっては不本意だったが、自分の緊張が導師にも伝わっているのがわかる。

「われらの生など無だ」ベネディクトはじっと彼を見つめ、思い出させる。「果実こそがすべてだ。鷹の魂が未来をお見守りくださる」

 父と母は強烈な愛を遺して、アギラールが今、心底継ぎたいと願っている歴史を遺してこの世を去った。彼ひとりを遺して。自分が孤独だと感じていた。だがすぐに、そうではなくなる。大きな家族の一員になる──教団(ブラザーフッド)の一員に。

 ベネディクトが器具をおろし、指を切断する。

 激痛が走る。声を漏らさぬよう、反射的に身を引いてしまわぬよう、必死に耐える。鮮血がほとばしる。包帯がたちどころに濡れ、貪欲に血を吸う。大きく息をつく。生存本能と、訓練によって培われた自制心とがせめぎ合う。

 刃は完璧に研ぎ澄まされている、と自らに言い聞かせる。切り口はなめらかで、その傷はいずれ癒える。

 おれもまた癒えるのだ。

 金属と革でつくられた美しい籠手(ガントレット)を携え、マリアがやってくる。アギラールはまだ真新しい傷がガントレットの縁にこすれたりして、痛みに顔をしかめることがないよう、歯を食いしばり、慎重に腕を滑り込ませる。腕を見ないようにして、ただマリアだけを見つめながら。彼女の温かく深い青緑色の瞳だけを。黒いコール墨で縁取られた眼だけを。額、あご、両眼の下の刺青によって引き立てられた、彼女の美しさだけを見つめながら。

 最初は親切な妹のような存在に過ぎなかったが、いつしかそれ以上の存在になっていた。アギラールはマリアのすべてを知っていた。笑い声を、においを、彼の腕の中でたてる、肌をくすぐる柔らかな寝息を。太ももが描く曲線を。熱い唇の褒美をくれるまえ、ふざけ半分に彼を押さえ込む腕の力を。

 しかし、この瞬間、軽口も戯れもなかった。マリアは彼にとって大きな存在だったが、ここで下手な真似をすれば、真っ先に彼女の刃(ブレード)で喉を切られるだろう。それはよくわかっていた。

 何よりもまず、彼女はアサシンなのだ。どんなつながりよりもまず、教義とつながっている。

 アギラールもすぐにそうなる。

 彼女の声が甘く強く、儀式の文言を読みあげる。

「ほかの者たちがやみくもに真実を求めることがあっても、ゆめゆめ忘れるな……」

「……真実はなく」ほかの参加者たちが声をそろえる。

「ほかの者たちが倫理や法に縛られることがあっても、ゆめゆめ忘れるな……」

「……赦されぬことなどない」

 アギラールはしばしのあいだ視線を固定したまま、あらかじめ教わっていたとおり、手首をわずかに動かした。鋭い金属音とともに、まるで解放を喜ぶかのように、腕の内側に仕込まれていたブレードが勢いよく飛び出し、さっきまで薬指があった場所にできた隙間を埋めた。

 アギラールは口をひらいた。その声は熱っぽく、震えていた。

「闇に生き、光に奉仕する者」

 息をつく。

「われらは……暗殺者(アサシン)」

 頭上で一羽の鷹が鳴いた。まるでその魂が彼らを祝福しているかのように。

→つづき(第一章)はこちらから。

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『アサシン クリード〔公式ノヴェライズ〕』886 円(税込)著

クリスティー・ゴールデン/訳 武藤 陽生/ISBN 9784150414092




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