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「死ぬ気でやると死ぬ」説

どうも、五味ちゃんです。

インフルエンザで月曜夜から水曜の今まで丸1日強ほどぶっつぶれていたのですが、このぶっつぶれている最中は仕事をしないとというプレッシャーと、周囲にインフルエンザウイルスを撒いてしまった罪悪感で悪夢を見続けていました。ただ記憶力がゴミなので、内容は一切覚えていません。

このぶっつぶれている間に、意識が朦朧としている中で感じたのが、自分は「仕事をしないと存在価値がない」みたいなある意味有害な男性性みたいなものに囚われているんだなあということです。その焦りから、昨日の夜は布団の中からPCをいじっていました。

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「死ぬ気でやってみろ、死なないから」といったような言葉がありますが、最近思ったのは、実は「死ぬ気でやると死ぬ」ということです。

というか、厳密にいえば、ストッパーを持っていない人が「死ぬ気でやると死ぬ」というのが正しいかもしれません。大抵の人は、おそらくストッパーを持っているし、それが結構早い段階で効くようになっているので「死ぬ気でやる」くらいでちょうどいいし、死なないのです。ただ、私を含め、ストッパーというものが元来備わっていない人がそれを鵜呑みにすると、当たり前のように限界を超えてしまい精神か身体を壊します。

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(どうでもいいですが福本先生の新作が始まったらしい。)

ただ、ここで重要なのが、ストッパーをしっかり持っている人にとっては「死ぬ気でやっても死なないから」というのが、とても重要な言葉であるということです。そのストッパーが過剰に効きすぎている場合に、それを牽制し限界を拡張するのに有効だからです。といいつつも、こういった言葉は本当に必要な人(ストッパーのある人)には響かず、なぜか必要ではない人(そもそもストッパーがない人/ぶっ壊れている人)には響くし実際間に受けて実行してしまうんですよね。残念ですね。

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