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『暁に還る』3.

“たそがれに還る   光瀬龍


人、うたた情ありて

たそがれに還る

―R・M― 

第一章 長い旅のはじまり
昼と夜とを支配するため光と暗黒とを分かつために

深紅色の残照が今、宇宙空港を真横から染めていた。天を指してそびえる宇宙船や、縦横にトラスを組み上げた巨大なガントリー・クレーンの影が長く長く地上を這い、昼の間じゅうはげしい陽炎にゆらめきつづけていた地平も、今は冷え冷えとした大気の中で、硬く一線を引いて遠く収まっていた。
はるかな虚空に待機する宇宙船へ往復するフェリー・ボートの群が、噴射管から噴き出す白熱の焔で夕映えのフィールドを灼き、はるかにつづく砂漠の流砂をふるわせた。フィールドに撒かれたドライ・アイスの蒸気が積乱雲のように湧き上がり、そこから多彩な虹がうまれた。フェリー・ボートの群はあとからあとから虹を作っては飛び出していった。

宇宙空港はどこでも、ある奇妙な荒っぽさとなげやりとの入り混じった一種独特のあわただしさを持っている。それはかりに二十世紀の地球にたとえるならば、純白な海の女王をもやうようなニューヨークやマルセーユよりも、むしろ古い舟乗りたちの伝説や慣習が石だたみの一つ一つにまでこびりついているようなアレキサンドリアやアムステルダムのあの薄汚れた波止場がふさわしい。……”
参照:『たそがれに還る』光瀬龍



懐かしい光瀬龍宇宙叙事詩の幕開けだ。当時学生だった私たち世代の前には、まるで現在の私の孤独な調査任務と単調な報告書作成の日々を予測していたように、充実したSFやミステリー、ホラーそしてファンタジーの名作が並べられていた。例えば、レイ・ブラッドベリの『10月はたそがれの国』、アイザック・アシモフの『銀河帝国の興亡』、ラブクラフトの『クトゥルフの呼び声』、F・ポール・ウィルソンの『始末屋ジャック』シリーズ、そして小松左京の『果しなき流れの果に』。

∞『暁に還る』                                                           アメリカ海軍攻撃型原子力潜水艦サウスダコタ艦長ジョージ・バーナードソン大佐の日誌から。

あの日から、私たちは完全に今までの世界規範から追放され、神のみもとの一人一人に戻された。衛星も艦隊本部も、アメリカの一切の通信も、どこの国も、地域も漁船も応えない。私たちは恐る恐る浮上して電波を放つ。変わらないのは海と太陽、星座そしてイルカやクジラ達だ。幸いにも私たちには無傷の原子力発電と生物の神経網並みに完備した電子機構が残された。私は通常の哨戒任務を独力で改め、部下達の全面的承諾を得て、1日に一回は全乗組員と限られたワインを味わう時間を作った。もちろん甲板上で。快晴であれ雨であれ台風であれ、闇夜であれ、星降る夜であれ、苦情を言う部下は一人もいなかった。そこで1日に1回は、新しい世界新しい宇宙と一人一人の乗組員が会話することが必要だったからだ。圧倒的な沈黙の世界からの明瞭極まりない神々からの声に各員耳を澄ませと、私は新しい命令を下した。

画像はナショナルジオグラフィックより。

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