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感情のドローイング

日々、雲が流れるように、つぼみが膨らみ、ほころび、枯れるように、感情は絶え間なく動く。

誰かを攻撃的な目でみた、その次の瞬間に、風をはらんだカーテンの軌道に身が奪われて、そして世界を愛したくなる。

苛烈と、静寂と。瞬きと、安堵と。
振り子のように行き来する感情を、それでも言葉につめて、残したい。
私という人間の、形を知るために。

  〇

ここ二月ほどの自分の文章を読み返して、急に恥ずかしくなりました。
どこかすまし顔で、感情をコントロール下に置いているような、あるいは分かったような顔をした文章が、ずらり。

面白くない。圧倒的に、面白くない。

誰が書いたのかと、どなりつけたくなるような文章ばかり。
馬鹿みたい。

  〇

もっとずっと、文章で、感情の深いところまで潜っていきたい。そう思います。それは、恥のような傷のようなものまで厭わずに。ドローイングのような線画で構わないから。

飾りたてたり、予防線を張ったり、分かり顔をしたり、そういうものがない感情を文字に落とし込みたいのです。

  〇

読み手を意識しない文章を書くマガジンを始めます。
マガジンの名前は、『感情のドローイング』。

自己嫌悪も、自己愛も、ぐしゃぐしゃの丸まったノートみたいな感情も。誰かに面白いと思ってもらわなくていい、そういうマガジンです。

自分の持っている文章と言う武器の、その形を、使い方を試す練習場のようなもの。

読まれたいという感情が、書くことを阻害するなら、その感情の無い場所へいきたい。ちかごろは、そんな気分です。


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