GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)⑧:GPIFのビルディング・ブロック法によるリターンの推定

前回は、GPIFが用いている均衡リターンについて議論しましたが、本日は、GPIFが想定するビルディング・ブロック法のリターンについて考えてみます。

GPIFの基本ポートフォリオにおいては、均衡リターンを計算したうえで、さらに、GPIFはビルディング・ブロック法のリターンを計算し、その内容を反映させることで、最終的に用いる期待リターンを計算しています。もっとも、均衡リターンだけでなく、ビルディング・ブロック法のリターンについてもGPIFは開示していません。
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)⑦:GPIFが想定する均衡リターンの推定|服部孝洋(東京大学) (note.com)

そこで、上記のnoteで均衡リターンを計算したため、これを用いて、ビルディング・ブロック法のリターンを逆算するということを考えます。

これまで説明したとおり、GPIFではブラック・リタ―マン・モデルにより期待リターンが計算されています。詳細は、下記のメモを参照いただきたいのですが、ブラック・リタ―マン・モデルを使うには、前回想定したリスク回避度だけでなく、τΩというパラメーターを定める必要があります。
ブラック・リッターマンモデルによる資産配分を解説してみる(Pythonによる実行例つき) #Finance - Qiita

τは、共分散行列に対する信頼区間を表すパラメータであり、Ωは投資家のビューに対する確信度を示すパラメータですが、私の理解では、GPIFはリスク回避度だけでなく、τとΩについても開示していません。実際の計算にあたっては、これらをどう設定するかは極めて需要です。実際、上記のメモでも、「モデルの実装においてはδ,τ,Ωなどのパラメータ設定が肝となり、設定手法もいろいろと議論されてそれだけで論文になっていたりします」と注意を促しています

ここで記載したとおりリスク回避度は1.5とし、τとΩについて一定の値を用いて、ビルディング・ブロック法による期待リターンを逆算してみようとおもいます。

まず、τですが、この論文では、下記のような記載があります。

スカラーτはBLモデルにおいて最も抽象的な変数であると多くの人が考えています。τの設定方法については様々な提案があり、異なる数値例が示されています。BlackとLittermanは、ゼロに近い値が良いガイドラインであると主張していますが、BevanとWinklemannは、実務者は0.5~0.7を設定することが多いとしています。これに対して、SatchelとScowcroftはτが1に近いと主張しています。さらに、τに関する混乱を加えるものとして、HeとLittermanは、τの値を設定する必要さえなく、それがΩに吸収されることを主張しています。MankertとSeilerは、サンプリング手法を用いて新しい定義を導こうとしています。彼らは、投資家と市場によって観察されたサンプル数nとmを用いて、いくつかのステップを経てτ=n/mという定義を提案しています。

FULLTEXT01.pdf (diva-portal.org)

上記をみると、τは0から1までの値ということだとおもいますが、ここではひとまず中間であるτ=0.5とします(もし上記より良い文献をご存じであればコメント欄などで指摘してください)。

次に、Ωの値ですが、 Attilio Meucciの「Risk and Asset Allocation」のp.431を見ると下記のような書きぶりがあります。

ブラック・リタ―マン・アプローチは、マーケット・ポートフォリオからインプライされる均衡リターンに、自分の予測をベイズ更新することで期待リターンを計算する方法ですが、Ωは、自分の予想(GPIFの場合、自らで積み上げたビルディング・ブロック法によるリターン)に対して、どれくらい確信があるかということです。上記においてΩはcとPに依存しますが、cは確信に関する度合いであり、例えば、0であれば均衡リターンにのみ確信があり、1であれば自分の予測のみに確信があるということです(c=1/2だとそれぞれ50%の確信ということです)。

Pはどの資産に対して予測をしているかということを示す行列です。GPIFの場合、国内債券・国内株式・海外債券・海外株式の4資産をビルディング・ブロックで計算しており、それを予測としているため、下記のように単位行列としていると想定します。

まず、c=0.5とした場合のリターンは下記の通りであり、かなり極端な値がでます。

国内債券:海外債券:国内株式:海外株式=-3.79%:15.94%:25.88%:39.09%

計算してみると、τが小さいほど極端な値が出るという印象です。

下記のメモでは、均衡リターンと最終的な期待リターンでは、国内債券と海外債券のリターンが近いということでした。そこで、τを0.5としたままで、ビルディング・ブロック法の期待リターンもこの値に近いと想定した場合、どうなるかを考えてみます。

GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)⑦:GPIFが想定する均衡リターンの推定|服部孝洋(東京大学) (note.com)

例えば、cが0.99の場合、下記のようになり、国内債券・海外債券は均衡リターンと近い値に、また、国内株式と海外株式は、均衡リターンより高い値という結果になりました。

国内債券:海外債券:国内株式:海外株式=0.67%:2.69%:5.737%:7.416%

上記の値あたりに真実があるのでは、と思うのですが、もっとも、c=0.99としてしまうと、ほとんどビルディング・ブロック法を参照しているということになり、そもそもブラック・リタ―マン・モデルを使っている意味がなくなるということになる気がします。そのため、もう少し違う設定をしているのでは、と想像します。

上記の内容に間違っている内容やエラーがある可能性はありますし、私がポートフォリオ選択の専門家というわけでもないため、手法の理解に勘違いがあるかもしれません(実際、この内容は私のRAが調べてくれた内容によっています)。

いずれにせよ、ブラック・リタ―マン・モデルではリスク回避度に加え、τとΩというパラメーターの値が重要であるものの、GPIFの運用においては、これらの値は、公開されておらず、さらに、ビルディング・ブロック法の結果も公表されていないため、最適化を行っているといっても、実際どういう想定をしているのかという点についてはかなりブラックボックスという印象です。

実際に計算してみるとcやτの値をかえると結果がかなり変わってくる印象です。もし年金運用や資産運用の業界において、τやΩについてある程度業界で統一したやり方があれば、コメント欄などで指摘していただければと思います(それに応じて修正しようとおもいます)。

今回は以上になりますが、必要に応じて加筆・修正します。これまでGPIFの基本ポートフォリオについては下記のように記載してきたため、こちらも参照してください
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)①:ブラック・リタ―マン・モデル|服部孝洋(東京大学) (note.com)
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)②:ビルディング・ブロック法|服部孝洋(東京大学) (note.com)
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)③:マーケット・ポートフォリオ|服部孝洋(東京大学) (note.com)
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)④:均衡リターンの計算方法|服部孝洋(東京大学) (note.com)
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)⑤:各リターンの水準|服部孝洋(東京大学) (note.com)
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)⑥:各共済組合との関係|服部孝洋(東京大学) (note.com)
GPIFの基本ポートフォリオに関するメモ(詳細版)⑦:GPIFが想定する均衡リターンの推定|服部孝洋(東京大学) (note.com)

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