黒木亮「巨大投資銀行」と日本国債入門で学ぶ先物と現物の裁定取引

私が記載した「日本国債入門」の一つの特徴は、国債先物についてかなり早い段階で詳細な説明を加えている点です。例えば、大和証券の「債券の常識」ではオプションやスワップとの並びでデリバティブとして先物を紹介しています。その一方、私が記載した「日本国債入門」では5章の段階で先物を紹介し、スワップなどは11章など最後に取り扱いました(オプションについてはそもそもあまり取り上げませんでした)。

このように先物を序盤で取り上げた理由は、国債先物の価格については市場参加者が最も見る指標の一つであるからです。特に、現物の国債市場の流動性が必ずしもない中、流動性が高いといわれている国債先物の価格は最も重要な指標の一つといっても過言ではないでしょう。

国債先物を考える上で大切なのは国債先物と現物の裁定関係です。この裁定があるからこそ、先物の情報が現物に反映されます。私はこれまでの書籍はこの部分の説明が非常に不足していると感じていて、できるだけ具体的に説明しました。

この理解に立体感を付けるために、黒木亮氏の「巨大投資銀行」の一シーンを読むことを勧めたいとおもいます。ここで紹介するのはそのごく一部の抜粋であるため、関心を持っている人は、書籍を手に取って最初から読んでほしいのですが、同書では国債先物市場が誕生するときのアービトラージについて記載してあります。ここで紹介するのはp115からp116の抜粋ですが、まずは「日本国債入門」の5章を目を通してから、この部分をぜひ読んでもらえればと思います(あるいは下記を読んで、どういう経済行為かを「日本国債入門」の5章を見て確認していただければ幸いです)。

竜神率いるソロモン東京が狙っているのは、国債の先物と現物間の裁定取引だった。本来、先物価格と理論先物価格は一致するはずだが、現実には様々な理由で必ずしもそうならない。もし先物価格が理論先物価格より先物を売って現物を買い、逆に理論先物価格より安ければ逆の取引を行う。これで確実に利益を上げることができる。

取引が開始されて一時間半が経った午前十時三十分、ようやく売りと買いが出合った。
「おっ、初値が付いたな」
スクリーンを凝視していた竜神がいった。
東証のスクリーンが黒地に緑色の数字で、十二月限月物(十二月二十日に生産される先物取引)が百二ちょうどと示していた。名実ともに債券先物市場の誕生だ。
竜神の全身に力が漲る。
「よし、一千億円売ったれや!」
竜神の声が飛ぶ。先物売りの現物買いだ。
「ソロモンです!六十四回債のオファー、七二五は現在の相場で五・七二五パーセントの意味だ。
「二百億円あります」
スピーカーの声は、国債の現物の取引のブローカーである日本相互証券の担当者だ。
「それ全部もらいます!」
若手の男はそういって、今度は東証の債券先物取引室を呼び出し、現物二百億円に相当する債券先物を売る。そして再び日本相互証券を呼び出す。
「あと百二十億円あります」
「それも全部もらいます!」
若手が取引を執行する間、竜神は現物と先物のモニター・スクリーンの数字の変化に目を凝らす。ソロモンの売買で価格が動くと、裁定取引に影響するからだ。
十分後、取引は無事完了した。

Amazon.co.jp: 巨大投資銀行(上) (角川文庫) : 黒木 亮, 多田 和博: 本

このシーンは、先物の仕組みを知らない人からすると、どういうことをやっているかイメージがつきにくいかもしれませんが、「日本国債入門」の5章を読んでからであれば、どういうことをやっているかがはっきりわかるとおもいます。「日本国債入門」では基本的な国債先物の説明をした後、5.5節から「国債市場における現物と先物の裁定取引(ベーシス取引)」という節が始まります。そのため、ひとまず上記の小説部分を読んだ方がいたら、「日本国債入門」の5.5節を読んでもらい、それで国債先物の商品性について5章の頭から読んで確認してもらうことで、先物の知識が確かなものになると思います。

ちなみに、是非、「巨大投資銀行」を手に取って、この続きを読んでもらいたいのですが、ソロモン・ブラザーズはこの取引のよって莫大な利益を上げる一方、日系の証券会社がこういう裁定取引ができてないということが描写されます。日本の金融機関に金融技術がないことから、外資系に劣後しているといわれることが少なくないですが、これはバブル前に起こった一つの事例だといえるとおもいます。また、このような裁定取引の機会は一時的なものであり、その後、ほどなく価格が修正されるという点も描写されます。

いずれにせよ、詳細は「巨大投資銀行」を参照していただきたいですが、黒木氏の書籍は金融市場の実務家の中でも評判が高いものが多いという印象をもっています。


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