日本国債先物の証拠金の計算方法

今回は簡単に、国債先物の証拠金の計算方法を簡単にメモをしておきます。今回もざっとしたメモになるため、必要に応じて随時アップデイトしてきます。

そもそも国債先物取引では、匿名の投資家との取引が求められるため、安全に取引を履行させるために、あらかじめ証拠金が求められています。仮に取引相手がデフォルトしたとしても、相手から十分な証拠金を持っていれば、安心といえます。そこで、日本証券クリアリング機構(JSCC)は、取引相手から「十分な証拠金」を求めることで、そのリスク管理をしています。この際の「十分な証拠金」とは、例えば、過去の経験則からみて、2日間で発生しうる最大損失額としておけば、どんなに悪いシナリオが起きたとしても安心といえるでしょう。

1.JSCCによる現在の証拠金計算方法
では、JSCCがどのような計算方法を用いているかというと、下記のような方法になります。

【投資者の皆様へ】長期国債グループ等のプライス・スキャンレンジの設定方法を変更します。 | 株式会社日本証券クリアリング機構 (jpx.co.jp)

この計算のイメージは、私が「OTCデリバティブ規制入門」で説明した証拠金の計算方法に類似しています。この図の左側(「変更後」のコラム)を見ていただきたいのですが、まず、過去5年のデータを取得します。そのうえで、価格の変化率を計算し、その値に基づき、「期待ショートフォール」と呼ばれるリスク量を計算します(期待ショートフォールについては前述の「OTCデリバティブ規制入門」で丁寧に説明しているのでこちらを見てください)。

興味深い点は、「ストレスシナリオ」という要素も加わっている点です。具体的には、「過去のデータにおいて価格変動が大きい日を上下2日分、参照期間に追加」と説明されており、これは過去5年間分での期待ショートフォールを計算するというだけでなく、それ以外の期間において特別変動が多い日に着目して、その点も考慮するということです。これは5年以上前の極端に悪い価格変化率を含めることが求めらていると解され、必要となる証拠金を増やす措置と解釈できます。

下記が上述の計算式により算出される具体的な値です。具体的には、162万円という値が出ていますが、これは読者が国債先物を1枚分のポジションを持った時のリスク量(証拠金)ということになります。この値は、以前のリスク量よりずいぶんと大きな値なのですが、最近、そもそも国債先物のボラティリティが上がっていることや、前述のストレスシナリオ等が含められている点などがその要因と思われます(筆者の記憶では数年前は100万円を下回るということはざらでした)。

【投資者の皆様へ】長期国債グループ等のプライス・スキャンレンジの設定方法を変更します。 | 株式会社日本証券クリアリング機構 (jpx.co.jp)

なお、ここには明示的に「保有期間」(どのくらいの期間にわたるリスク量か)は記載されていませんが、保有期間は2日になります。すなわち、この162万円という値は、将来、2日間で起こりえる(推定された分布において一定のレンジ内における)最大損失値ということを意味します。読者が1枚先物をロングしていた場合、この2日間において、どんなに悪いシナリオが起きても162万円の損失に収まるということです。

2.注意点
JPXの証拠金計算が複雑なのは、この162万円は、「プライス・スキャンレンジ」と呼ばれており、SPANというシステムのパラメーターとして使われている点です。JSCCは、現在、SPANという他社のシステムを使っており、そのシステムを使う上でパラメーターを入れる仕様になっています。この点は国債先物の証拠金の解釈を困難にしている点ですが、実務的には、先ほどの162万円が証拠金として用いられています(「証拠金所要額=SPAN証拠金額-ネット・オプション価値の総額」と定義されており、例えば、国債先物オプションを買った場合、その部分は保険として控除されるということになります)。SPANの詳細は下記を参照してください。
SPAN証拠金計算方法の解説 (jpx.co.jp)

また、この方法が用いられたのは2022年8月からです。そもそも、JSCCは、証拠金を計算するうえで、インプライド・ボラティリティからヒストリカル・ボラティリティに2020年にシフトしました(それが2022年8月に上記の手法にさらに修正されました)。インプライド・ボラティリティとは、オプションという保険からリスク量を算出する手法です(その詳細は筆者が記載した「国債先物オプション入門」を見てください)。一見すると、インプライド・ボラティリティのほうが良いようにも思われますが、証拠金でカバーできない値動きがあり、ヒストリカル・ボラティリティに変更することでこの点を改善しています(詳細は下記を参照)。
【投資者の皆様へ】長期国債先物グループに係るプライス・スキャンレンジの設定方法を一部見直しいたします | 株式会社日本証券クリアリング機構 (jpx.co.jp)

なお、このようにストレスシナリオを含めた形に証拠金の計算方法が改善された背景には、2022年6月における先物のボラティリティが乱高下したことが挙げられます。現在、日銀の政策により先物の受渡銘柄である7年国債の大部分が日銀に保有されてしまっていますから(そしてこれが改善する見込みがたっていませんから)、今後、先物市場のボラティリティが高まるリスクもあります。JSCCはこれに早めに対処してきたと解釈することもできましょう。

3.今年の秋からVaRを用いた計算方法に変更

なお、JSCCは、下記のような形で、今年の後半、上述の計算方法ではなくて、VaRを用いて証拠金を計算することになっています。すなわち、今後は、SPANとよばれる他社のシステムを使うのではなく、JSCC独自の計算方法を使うと解釈できます。
新証拠金計算方式(VaR方式)とは | 株式会社日本証券クリアリング機構 (jpx.co.jp)

VaRを用いて証拠金を計算する最大のメリットは、VaRはそもそもポートフォリオでリスク量を把握できるという特性を有するため、証拠金においてもポートフォリオベースで算出できることになります。VaRを用いると統合的にリスク管理できることについては、私はこの論文で記載しているため、こちらを参照してください。その一方で、VaRを用いた場合、例えば資産間などの相関などによってその値が変わりえるため、先物を用いる投資家はその点を考慮する必要があるといえましょう。

なお、現在の場合、証拠金は1週間一定(先ほどの例でいえば、162万円という「プライス・スキャンレンジ」は一週間固定)であったところ、VaRに移行した場合、日々変化するようですので、日々変わるという意味では時々のリスクを把握できる一方、毎日証拠金が変わりえる点に注意を払う必要があります。

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