2008年金融危機時における日本国債のイールドカーブのゆがみ(YCCとの比較)

現在、YCCによりイールドカーブがゆがんでいますが、日本国債のイールドカーブがこのようにゆがんだのはかつてもあります。具体的には、2008年の金融危機時にも似たような形でカーブのゆがみが起こっています。

下記が2008年9月時点でのイールドカーブになりますが、7年ゾーンが大きくゆがんでいることがわかります。これをみると、7年と10年という違いはありますが、現在のイールドカーブの形状とかなり似ているとみることもできます。こういうカーブのゆがみの形状は1日や2日などの短期ではなくて、それなりの期間で観測されました。すなわち、今のようなカーブの形状は今回が初めてであるわけではないということです。


これについては私がかつて論文を書いていて、ちょうど最近、Journal of International Money and Financeという国際ジャーナルに掲載が決まったところです。本文はここのリンクからみれます(この論文は本当に出版するのに本当に苦労して、掲載まで5年以上かかりました)。

私のストーリーは次のようなものです。2008年のときは、各金融機関が倒産する可能性があり、いわゆるカウンターパーティリスクが認識されていました。特に、当時の日本国債は決済の期間が国際的にも長く、取引しても相手が倒産してしまうという可能性を有していました(その後、国債の決済の短期化は大幅に進み、現在は先進国と同等のレベルです)。実際、国債の入札に参加していたリーマン・ブラザーズが倒産することで、入札にかけられた国債が通常通り、決済がなされないということも起こりました。

筆者が「国債先物入門」で議論したとおり、国債先物の場合、現物決済を選択した場合、中央清算機関を通じて、決算がなされるため、カウンターパーティリスクは少ないと考えられます。上記のようなゆがんだカーブが生まれた理由として、金融危機時に、国債先物における現物決済の重要性が高まったことから、先物とリンクがある7年国債のニーズが高まったのだ、というのが私のストーリーです。この論文ではそのストーリーを裏付ける様々なデータを示しています。

私個人は非常に面白いペーパーを書いたと感じたのですが(実際面白いと言ってくれる方も少なくなかったのですが)、前述のとおり、国際誌への掲載には苦戦しました。この論文が海外のジャーナルに掲載させるという点でいまいち評価を受けなかった理由は、私が議論したカーブがゆがむメカニズムは既に議論されており、さらに、実証もすでに一定程度なされていたことから、まあそういうことは起こるよね、という捉えられ方をされたことが理由です。ただ、私が提示したストーリー自体に対して、匿名のレフェリーからは強い批判はありませんでした。日本国債のカーブのゆがみを議論したという意味では、一定の先駆性はあるかもしれません(日本のイールドカーブについての論文を書く際は、このHattori (2022)を引用してくれると嬉しいです)。

これに比べると、現在のYCCにおけるイールドカーブのゆがみは、10年国債を日銀が無限に購入しているということから、カーブがゆがむメカニズムも非常にはっきりしているとおもいます。論文を書くうえではカーブがゆがんでいる理由そのものが既存研究でのメカニズムであまりに明らかでしょうから、論文を書くという観点では、面白い切り口がないと、一定以上のクオリティ・ジャーナルに掲載させることが困難なところでしょうか(論文そのものは今用意しており、近日中にリリースしたいと思います)。

このように特定の債券が特別な理由でニーズが生まれるということはよくあることです。有名なのは米国の新発債(いわゆるカレント債)は流動性が高いため、新発債だけ金利が低く、プレミアムが載っています。そのため、カレントと非カレントのスプレッドをとることで流動性プレミアムとすることが少なくありません(しかし、この現象は米国特有であり、日本や欧州ではみられません)。

同じように、国債と政府保証債の金利の違いを使って流動性プレミアムを計算することもできます。これも日本国債と日本の政府の保証が付された債券には違う金利が付されており、信用リスクは同じであればその違いは流動性の違いと解釈されます。これも私が論文を書いていて、ここのリンクからみることができます。

なお、昨日の相場については大変興味深かったため、どこかのタイミングでメモを掲載しようと考えています。

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