米国財務省による米国債バイバック(買入消却)に関するメモ

米国財務省が米国債のバイバックを検討しているという報道が出ており、個人的には関心をもってみています。そもそも、米国債のバイバックとは、本来ならば資金調達をする主体である財務省が国債の発行ではなく、国債を買い入れる措置であり、米国では、2000年代にすでに実施されています。具体的には、2000年から2002年にかけて、42回のバイバックを実施しています。

Han et al. (2007)では、その目的としてベンチマークとなる新発債の発行を増やすことで、流動性を増やすことがあったとしています。そのほかにも、米国政府の債務の負債構造を変化させることや、キャッシュマネジメントとしてのツールの確保、さらには、相対的に高い金利がついていたオフザランの金利を買いなおすことで、支払金利の低下に寄与することが目的であったとしています。

Greenwood and Vayanos(2010)では、政府の負債の満期構成を変える点を重視した説明をしています。当時、相対的に資金調達の必要性が減っている中、短期債の償還を迎えることにより、負債全体の満期が上昇しえるという状況が生まれていたとしています。そのような中で、バイバックは負債の満期構成をコントロールするうえで、重要なツールとなったわけです。

具体的には、2000年から2001年に、42回のバイバックが実施されましたが、その金額は63.5 billion USDであったところ、米国の長期債が644 billion USDであり、その割合は2%に相当していました。Greenwood and Vayanos(2007)ではバイバックを実施した結果、20年債の金利が下がり、短期債とのスプレッドが縮小したと説明しています。

そもそも米国では国債発行計画が四半期ごとに実施されています。具体的には向こう3か月分を公表するのですが、その前に、主に民間から構成される借入諮問委員会(Treasury Borrowing Advisory Committe, TBAC)との会合を開催しており、その中で、この議論も出てきました(と筆者は理解しています)。下記のリンクからその資料を見ることができます。ブルームバーグの報道では、業界がバイバックの創設を財務省に求めてきたとしています。
https://home.treasury.gov/system/files/221/TBACCharge2Q32022.pdf

TBACの資料では、そのメリットとして下記の点を挙げていますが、2002年とは、例えば米国債に関する流動性などが異なるものの、前述で指摘したものにおおむね近いものとも感じられます。

  1. Ehhance the liquidity of Treasury securities through buybacks of off-the-runs and issuing larger on-the-runs 

  2. Span temporary periods of overfunding

  3. Dampen swings in bills issuance / cash balances

  4. Reduce maturity peaks in outstanding debt

  5. Allow more efficient changes to debt profile

一方、そのコストも記載しており、下記の2点を記載しています。
1. To create the cash needed to fund buybacks, Treasury would need to increase issuance of either bills or coupons, which would need to factor in quarterly refunding needs
2. Buybacks that are too variable in size or timing might be at odd with Treasury’s regular and predictable debt management strategy

バイバックのコストとして、このバイバックのためにさらなる国債を発行する点を指摘されています。FRBにおける買い入れオペの場合、市中に国債の供給量が減りますが、バイバックの場合、基本的には供給量は同じである一方、年限やオンザラン/オフザランの関係が変わりえる点(金利リスク量の供給量は変わりうる点)に注意が必要です(少なくとも筆者はそう理解しています)。また、あくまで現在は検討段階である点にも注意が必要です(本稿は今後必要に応じてアップデートします)。

ちなみに、我が国の国債発行計画は米国とは異なり、年に1回であり、予算が決まる12月末のタイミングで、国債発行計画が出てきます。日本でもバイバックは実施しており、例えば、コロナ禍では物価連動国債のバイバックが実施されました。バイバックの財源は基本的に発行計画に含まれています。具体的には、バイバックの上限を決めたうえで、借換債などの形で計上されていると考えられます(実際に、発行計画にその実施の上限について記載されることもあります)。

日本には60年償還ルールがあり、物価連動国債が発行されたら借換債を発行して償還していくのですが、ポイントは、60年償還ルールは、60年償還かけて返済すればよく、発行した10年債物価連動国債を借り換えを続けていく必要は必ずしもないという点です。そのため、10年物価連動国債の借り換えは、例えば通常の利付国債でも問題ないと解されます。その意味で、10年物価連動国債のバイバックとは、借換債を発行して10年物価連動国債を買うということですから、発行量を変化させず、物価連動国債を他の利付債(10年国債など)へスイッチするような政策であると解釈できます。これは物価連動国債の需給関係が壊れたときに、流動性が高い国債へ変更するということを意味しているとも解釈できます。

今グリーンボンドなどが議論されているところですが、日本の場合、物価連動国債や変動利付国債など、新しい国債は必ずしも流動性が高くなく、バイバックの実施や発行停止などの歴史があるという点です。私個人はグリーンボンドの理念にはよいと思うのですが、マーケットが有する流動性などの観点でバランスよく検討する必要があると思っています。

なお、あくまでバイバックはその時の市場状況に応じて実施されるため、バイバックが予定より少ない場合は前倒債として積みあがると考えられます。

(後述)
今年の米国債のバイバックは見送られたようです。必要があればまた取り上げます。

参考文献
Robin Greenwood and Dimitri Vayanos(2010)Price Pressure in the Government Bond Market. American Economic Review: Papers & Proceedings 100 : 585–590

Bing Han, Francis Longstaff and Craig Merrill(2007)The U.S. Treasury Buyback Auctions: The Cost of Retiring Illiquid Bonds. Journal of Finance, 62  issue 6, 2673-2693

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