当座預金付利制度(補完当座預金制度)についてのメモ

今月に入ってから、利上げに伴う三層構造がどうなるか、ということが話題になり始めた気がします。特に、内田副総裁の講演において下記のように言及されたことがあります。

マイナス金利については、解除するとしてどのように短期の政策金利を設定するかという論点があります。マイナス金利の導入前には、日本銀行の当座預金取引先の超過準備に0.1%の金利を付利し、取引先でない金融機関との裁定取引が行われる結果、短期金融市場では、無担保コールレートが0~から0.1%の範囲で推移していました。仮にこの状態に戻すとすれば、現在の無担保コールレートは-0.1~から0%ですので、0.1%の利上げということになります。この点は、主として短期金融市場の機能をどう維持するかという論点です。

【挨拶】内田副総裁「最近の金融経済情勢と金融政策運営」(奈良) : 日本銀行 Bank of Japan (boj.or.jp)

「仮に」とはいえ、マイナス金利導入前に戻すという言及があったことから、マクロ加算残高を含む二層構造ではなくて、YCCの前(一層構造)に戻るのではという議論が活発になされている印象です。ちなみに、以前議論されていた二層構造については下記の記事などを参照してください。
アングル:マイナス金利、撤廃なら当預は2層か 短期市場への影響不透明 | ロイター (reuters.com)

そこで、今回は、そもそも付利が付されるようになった「当座預金付利金利制度」導入の背景を整理しておきます。

経緯としては、2008年の金融危機時に景気が悪化し、日銀が利下げの必要性に迫られました。当時は、かつてのゼロ金利政策や量的緩和政策と同様、ゼロ金利という政策もあったところ、2008年10月31日の利下げのタイミングで、0.1%の付利を支払う「当座預金付利制度」(補完当座預金制度)が導入されました。

その経緯については、やはり基本書ということで白川さんの書籍(「中央銀行」)をソースに整理します(ここでは白川さんの書籍に記載されている当座預金付利制度という表現を使います)。

まず、白川本では、付利制度の目的を下記のように整理しています。

金融機関は法律に定められた金額(所要準備額)までは日本銀行当座預金残高を保有するが、それを超えて当座預金を保有しても金利収入は得られないので、余剰資金をインターバンク金融市場に放出し他の金融機関に資金を貸し付ける。その結果、短期金利の水準はゼロにまで低下することになる。ここで問題となるのは、金融システム安定維持の観点から潤沢な資金供給を行った結果実現する金利水準は、必ずしもマクロ経済の安定の観点から最適な金利水準と一致する保証はないことである。そこで当座預金付利制度が登場したのである。当座預金に対して付利を行うことが認められれば、日本銀行は金融システム不安に対処して流動性を潤沢に供給する一方で、マクロ経済情勢を踏まえた金利水準を金融政策の必要性に基づいて設定することが可能になる(p.250)。

白川方明「中央銀行」

白川本では、付利制度が入った背景に、米国で同じ制度が導入されたことも指摘しています。米国の制度は2006年に導入決定、2011年に実施となりますが、これについては私が記載した「フェデラル・ファンド(FF)市場 およびFFレート(FF金利)入門」でかなり細かく説明しているので、関心がある方は下記のリンクを参照してください。
202205d.pdf (mof.go.jp)

白川本では、当座預金付利制度が必要であった理由を二つ言及しています。

導入が必要と判断した理由は2つあった。一つは2001年3月~06年3月の量的緩和政策時の経験から、マクロ経済の安定のために最適な短期金利水準は文字どおりのゼロではなく、若干のプラス水準であると判断していたことによる。つまり、下限金利が存在するのである。当時、オーバーナイト金利は0.001%という極端的なゼロ金利水準となったため、取引コストを勘案した場合、インターバンク市場の機能が低下するというも問題が発生した。このため、金融機関が必要なときに必要な額の資金を市場で調達できるという安心感がなくなるという副作用も生じた。言い換えると、短期金利がある閾値を超えて低下すると、金融政策の景気刺激効果がプラスからマイナスに転嫁する可能性があるということである(p.251)。

白川方明「中央銀行」

この点はよく指摘される点で、当座預金付利制度はインターバンクの流動性等に配慮された政策だという整理がなされます。マイナス金利政策が実施される中で、三層構造を導入されることで、インターバンクの流動性が向上したとされます。この状態から、YCCの前に戻してもよいという判断の背後には、当座預金付利制度が維持されれば一定の流動性が維持されるという判断があると推測されます。内田副総裁の講演では「マイナス金利の導入前には、日本銀行の当座預金取引先の超過準備に0.1%の金利を付利し、取引先でない金融機関との裁定取引が行われる結果」というメカニズムが指摘されていました。

白川本を読んで面白かったのは、対外的に説明されない第二の理由について言及があった点です。ここは少し長いですが、興味深いので引用しておきます。

私が当座預金付利制度を導入する必要があると判断したもうひとつの重要な理由は、当時対外的には言及しなかったが、将来必ず出来する「出口戦略」に関連していた。2006年の量的緩和からの「出口戦略」の際は、満期が到来した資金供給オペレーションを継続しないことによって量の圧縮を図ったうえで、政策金利の引き上げを行った(第5章「ゼロ金利政策と量的緩和政策」参照)。この時は、オペレーションの満期が相対的に短く、したがって量の圧縮も約4か月と比較的短期間で終わったが、当座預金残高が大きく増加したりオペレーションの満期が長期化した場合には、量の圧縮に相当の期間を要することになり、金利引き上げを機動的に行うことが難しくなる可能性がある。もちろん、「出口」が近くなった段階で、当座預金付利制度を創設するという選択肢も考えるが、議論を始めた段階でさまざまな憶測を呼び金融市場は混乱するおそれが大きい。そのような事態を想定すると、短期金利を先行的に引き上げるという選択肢を持っておくことが必要であり、それを可能にするのが当座預金付利制度であった。実際、2015年12月以降、FRBは膨大な当座預金が存在する中で政策金利の引き上げを行っているが、本制度がなければこれは不可能であった(p.253)。

白川方明「中央銀行」

今回は白川本をベースに、当座預金付利制度を導入意図を整理しました。最後の部分は少し長めに引用しましたが、全体的には省略した部分も多いため、同書の8章を通読することを強くお勧めしたいと思います。今回はここまでにしますが必要に応じて加筆修正します。

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