スイスのAT1債(CoCo債)についてのメモ

クレディ・スイスが話題になっており、AT1債(CoCo債)についてもいずれ話題になるとおもっています。スイスのAT1債は少し特殊であるため、今回は、筆者が理解していることをここでメモとして記載しておきます。なお、規制の最新動向を追っているわけでなく、筆者の現時点での理解を記載しており、記載に不正確な部分や古くなっている部分があるかもしれません。必要に応じてアップデイトします。

そもそも、AT1債(CoCo債)とは、バーゼルⅢから新しく発行されるようになった債券であり、その他Tier1を補充するため負債性証券です(AT1を補充するためには厳密にいえば優先株などでも問題ないのですが、負債証券を前提にします。また、(筆者の理解するかぎり)日本では株式に転換されるタイプのAT1債は発行されていないため、ここからCoCo債という表現はつかわずAT1債と記載していきます)。AT1債の重要な特徴は、一定の条件がヒットしたら、株式転換ないし元本削減がなされる点です。これをゴーイング・コンサーン・トリガーといいます。ゴーイング・コンサーン・トリガーといわれている理由は、Tier1はいわば銀行が生き延びるための資本であり、銀行が破綻の危機に陥った場合に、破綻をさけるため、前述の株式転換や元本削減などがなされることに起因しています(Tier1とTier2については別の機会に丁寧に説明します)。

AT1債の特徴は、一定の条件にヒットした場合、利払いの停止の措置が採られる点も指摘されます。具体的には、資本保全バッファーというバッファーが棄損した場合、段階的に利払いに制限が設けられていきます。これは金融危機時に、資本が薄くなる中、銀行などが政府から公的資金の注入を受けるものの、巨額な配当を継続したことの反省からきています。資本が薄くなることで利払いの制限などが設けられるようになるとしばしばマーケットで大きな話題となります。筆者が知る限り一番盛り上がったのは、2016年のドイツ銀行の事例です(ドイツ銀行ショックと呼ばれることもあります)。

国際合意では、普通株式等Tier比率(いわゆるCET1比率)が5.125%以下になったタイミングでトリガーが発動されるとされています。我が国のAT1債もそれに従っていますが、国際合意の重要な点は、これはあくまで最低限守るべき基準であり、これ以上の基準を課してもよいということです。バーゼル規制はバーゼル委員会などで国際的に合意され、それが各国によってインプリメンテーションされていきますが、国際合意はあくまで最低水準を決めるだけであり、各国でより高い規制を課すことは可能です。

スイスの興味深い点は、他国に比べて、厳しい自己資本比率規制を課しているという見方もできる点です。下記の図は、McNamara et al. (2019)の図表ですが、これをみると、一番左側に国際合意の水準があり、一番右側にスイスの自己資本比率の記載があります。これをみるとCET1については4.5%と通常の水準ですが、資本保全バッファーについてはスイスでは5.5%が求められています(日本で求められている資本保全バッファーは2.5%です)。さらに、AT1債による調達を認めていますが、興味深い点は、ゴーイング・コンサーン・トリガーが二階層になっています。

具体的には、スイスでは、7%という高いトリガーが付されているAT1債と、5.125%という相対的に低いトリガーが付されているAT1債があります(McNamara et al. (2019)では、前者をRecovery CoCosとし、後者をResolution CoCosとしています)。具体的には、トリガーが7%のAT1債については3%を上限とする一方、システム上重要な銀行に求められる追加的なバッファーについてはトリガーを5.125%について上限6%が認められています(この理解は、McNamara et al. (2019)に則っています)。

筆者が比較的関心を持っている点は、スイスでは、ゴーイング・コンサーン・トリガーを2階層にするほか、資本保全バッファーにも相対的に厚めの自己資本を求めており、これが危機時にどのような効果をもたらすのかという点です。もちろん、クレディ・スイスも、トリガーが高いAT1債とトリガーが低いAT1債を発行しています。このような2タイプをだしていることがストレス時にどういう影響をもたらすか、例えば2階層にすることによりプラスの効果が生まれるのか、それとも大きなショックがあった場合、その二つが両方とも発動するということが起こりえるのか。今後、AT1債について注目されていく気がしていますが、比較的関心を持ってみていきたいと思っています。

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