PPP(購買力平価)はどれくらい成立するか

こないだ金融学会で、国際金融のパネルディスカッションをしました。その際に、為替を説明する理論として、PPP(購買力平価)は、現在、市場参加者の中で、大変人気がない理論だという話になりました。その重要な要因は、今の円安を全く説明できないからです(もしPPPが成立するなら、逆に言えば、これから円高になるということも示唆されます)。

その一方、私の理解では、経済学者の中で、中長期的にPPPが成立するという緩やかなコンセンサスがあると感じています。そこでいくつか国際金融のテキストをみてみたのですが、結構、教科書にとってトーンが違うという印象をうけました。

まず、一番、おそらくスタンダードなテキストであるオブストフェルド・クルーグマン・メリッツのInternational Economicsでは、第18章でPPPについて触れられています。このテキストの書きぶりは、驚くほどPPPに冷たいです。

PPPは、国の物価水準と為替レートの実際のデータをどれくらい説明できるんだろうか。簡潔に答えると、PPPはどのバージョンだろうと、実際のデータを全然説明できないのだ。特に国内の物価水準の変化を見ても、為替レートの変動はほとんど予測できない場合が多い(p.471)

また、オブストフェルド・クルーグマン・メリッツでは、18章のまとめにおいては下記のように整理しています。

近年のデータを見る限り、PPPと一物一価の法則の実証的な裏付けは乏しい。現実世界でこれらの命題が当てはまらないのは、貿易障壁と自由競争からの逸脱のせいだ。これらの要因は輸出業者による市場別価格設定をもたらしかねない。また、物価水準の定義が各国で違うのも、政府発表の物価指数を利用して購買力平価を検証しようという試みを難しくしている。さまざまなサービスなど一部の製品は、国際輸送費があまりに高くつくことから非貿易財になる(p.494)

その一方、BekaertとHodrickのInternational Financial Manamenetという別のスタンダードなテキストでは、いわゆるビックマックPPPについてeconometric evidenceを紹介しており、PPPにポジティブな見方も紹介しています(下記は私がAIを用いて翻訳しています)。

経済学者による統計分析も、MacPPPの有用性を裏付けている。Cumby (1996)は、ビックマックパリティからの乖離は一時的なものであることを見出している。一定の乖離を考慮した後、同論文はパリティからの乖離の2分の1は1年で消滅すると推定している。また、Cumbyの証拠は、為替レートとハンバーガーの価格の両方が乖離を解消するために調整されていることを示している。10%過小評価された通貨は、今後1年間で3.5%上昇する傾向があるという予測である。Clements and Lan (2010)は、MacPPPを用いた為替レート予測は、特に2年または3年のホライズンにおいて価値があることを確認している。

日本のテキストをみてみると、明示的に記載されないものもある印象をうけましたが、例えば、橋本・小川・熊本(2019)では乖離が半減するという観点から、5-7年としています。

多くの先行研究においては、名目為替レートと内外物価水準との間には、長期的に安定的な関係があり、購買力平価は、為替レートの長期的な動向を説明できるが、その一方で、購買力平価からの乖離が半分に減少するためには、5-7年という期間を要することが知られている。

なお、橋本・小川・熊本(2019)では、このあとに、Rogoff(1996)による有名なPPPパズルについても言及があります。下記は、慶応の藪先生の論文からの抜粋ですが、PPPパズルについては、半減期が3-5年とされており、私が学生のころは、講義でこの説明を受けることが多く、PPPからの乖離の半減期が3-5年という印象を強くもっていました。

Rogoff[1996]は、こうした結果を総括し、①実質為替レートの変動が非常 に大きいこと、②実質為替レートの均衡からの乖離が解消されるのに長い時間(半減期3~5年)がかかることを指摘し、この結果をPPPパズルと呼んだ。

kk26-4-4.pdf (boj.or.jp)

ちなみに、日本語で読めるPPPについてのサーベイというと、藪先生の「購買力平価(PPP)パズルの解明:時系列的アプローチの視点から」が参考になるとおもいます。藪先生のサーベイでは、ドル円レートを参照し、「短期的にPPPは成立していないが、長期的にPPPは成立している可能性を示唆している」「1990年代半ばまでの研究により、(1)長い目でみると為替レートは購買力平価が提示する均衡値へ戻ること、(2)均衡値からの乖離が半減するまで3~5年かかること(PPPパズルと呼ばれる)がコンセンサスとなった」と指摘しています。
kk26-4-4.pdf (boj.or.jp)

PPPについては、結構テキストでも記載が異なり、興味深いとおもいました。今後、必要について上記はアップデイトします。ちなみに、日本の特徴は、ソロスモデルが人気だというところですが(国際金融のテキストでは取り上げられないことが多いですが)、ここはまた別の機会に記載しようとおもいます。

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