Obstfeld(2023)「Natural and Neutral Real Interest Rates: Past and Future」の整理②

先日、下記のように、Obstfeldのサーベイのメモを記載しましたが、今回はその続編です。下記がその内容になるので、関心を持ったら元論文を読んでいただければと思います。不十分なところがあるかもしれないので、適時、加筆・修正します。
Obstfeld(2023)「Natural and Neutral Real Interest Rates: Past and Future」の整理①|服部孝洋(東京大学) (note.com)

途中のBOXや数式部分は、noteでの記載をするうえで大変なのでカットしました。気になる読者は元論文を見てもらえれば幸いです。

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6.金利低下の三つの段階

■ 金利低下の始まり:1990年代初頭(1980年代の米国のディスインフレがほぼ終焉した後)。
■  図19:世界的な長期金利の低下を示す三つの段階
●  赤い水平線は、図の凡例で示された期間を中心とした6四半期の平均金利。期間全体を通じ、実質金利の低下は約450bp
●  一段階目:1990年代初頭から2000年
・ 世界的な貯蓄が高まり、投資が減少したが、安全資産の供給不足が顕著に表れているわけではない
・ 貯蓄側の要因
→人口動態:先進国におけるベビーブーム世代の貯蓄が増加
→格差の拡大:1980年以降の市場主導の経済政策の台頭に伴う
・ 投資側の要因
→ 投資財の価格下落:投資財の価格が下落。資本-労働代替弾力性が1未満の場合、必要な投資額が減少した
→ 企業の市場力の増大:製品市場や労働市場における企業の市場力が増大し、高い市場シェアを持つ企業が増加。この結果、企業はより少ない投資で高い利益を上げることができ、資本を労働で代替
→ 企業の市場力は、図15の高い利回りの一因とも考えられる
→ 先進国の経常収支黒字が2000年まで比較的大きかったことも特徴(図14参照)

●    二段階目:世界金融危機 (GFC) まで
・ 1992-2000年の傾向の多くは2000-2007年の期間にも続いているが、対外収支の分散(特に米国の赤字)が大きいことが特徴(図14)
・ この期間は超緩和的な金融環境。安全資産需要の高まりは、主に公的セクター由来。新興国の中央銀行が外貨準備を積み上げている一方(図17、図18)、民間セクターのリスク許容度は高く、利回りは圧縮されている
・ 一方、石油輸出国の黒字が拡大する中でエネルギー価格が高騰し、消費の伸びが所得の伸びに追いつかない状況が続く。中国でも同様の動態が見られ、急速な所得増加 (これ自体がFDI流入によって支えられ、不平等に分配された) によって貯蓄率と経常収支黒字が高まり、中国の全世界的な貯蓄への影響が増大した (図13参照)
・ 2000年代初頭の国際的な金融環境の緩和要因としては、Fedの緩和的な金融政策も挙げられる。しかし、2004年6月末から始まったFedの利上げ局面後も、米国の金融環境はすぐには引き締まらなかった(図A2)

●   三段階目:それ以降2018年まで
・ GFCから始まり、その後欧州債務危機 (2010-2012) が続く
・ 期間の多くは危機からの回復を伴い、民間のリスク回避的な姿勢とそれに伴う安全資産需要の高まりが予想される
・ 安全資産の供給は、緩やかに増加するか、縮小する傾向(図A3)
・ また、経済的不確実性が高まるにつれ、Effective lower bondの存在が政策の一因であり結果でもある可能性が高い。世界的に政治的不確実性も増加
・ この時期には、人口動態、格差、投資財価格に関する以前の傾向が続いているが、一部のペースは緩やかに。高齢化と労働力成長の鈍化が投資を抑制するが、世界の貯蓄がGDPの約25%から約27%に増加したことは、貯蓄の増加がこの期間においてより重要な要因であることを示唆している
・ 2000年代に金利低下を助長した外貨準備の蓄積は2010年代には緩やかになり、最終的には終了
・ この期間の実質金利の低下は230bpと大きい。2015年12月から2018年12月までFedは利上げを行っていたが、同期間に世界の長期実質金利はさらに80bp低下し、ほぼゼロに達した
・ 長期的な視点で見ると、経済成長が実質金利に与える影響は少ないように見えるが、この期間は一因である可能性が高い
→ 成長の低下は、高成長と比較して貯蓄に非対称な影響を与える可能性があり、投資を抑制する
→ 米国および欧州の生産性の成長率はGFC前から低下し始めており、新興国でもGFC以降の成長は著しく低調

・ GFCおよび欧州債務危機以前に蓄積された債務を削減する必要性も一因である可能性がある
→ 過剰債務がGFC後の低成長の重要な要因であり、それゆえに低実質金利にも寄与している可能性
→ 資産価値の崩壊が将来の実質金利の低下を予測できることを示唆している研究もある

・ 金融規制の変更 (特にバーゼルIII) も影響を与えた可能性があるが、異なる規制 (例えばレバレッジ比率の引き下げと流動性カバレッジ比率の引き上げ) が相反する方向に作用していた可能性がある

●   パンデミックとその回復期は、例外的に低い実質金利とそれに伴う均衡金利の最終的な影響がまだ不確定であるため、特異な時期と見なす

7.金融政策へのインプリケーション

■  インフレ目標を達成するために、中央銀行は経済の均衡実質金利を基準にして名目政策金利を設定する必要。データを見る限り、インフレ目標 (たとえば年率2%) を達成するためには、名目政策金利を20世紀の大部分よりも低■  設定することが中央銀行にとって適切であると考えられる
しかし、経済学者がその均衡ベンチマークを正確に定義する際や、測定して名目政策金利をどの程度に設定すべきかを決定しようとする際には、困難が生じる
■  自然利子率と中立利率の推定

●   自然利子率$${\bar{r}}$$は伸縮価格での均衡金利である一方、中立金利$${r^{*}}$$は中央銀行が景気を刺激も抑制もしないように設定すべき金利
●     経済学者は両方の推定を試みてきたが、その手法は概念的に一方により近いものがある。ここでは四つの基本的なアプローチが挙げられる。

1. 非構造的時系列手法による長期予測またはトレンドの推定
・ Lubik and Matthes (2015)の時間変動VAR、Del Negro et al. (2019)の潜在トレンドVAR
・価格硬直性に関連する循環的要因が、推定されたトレンドや長期予測に反映されないことが期待される
・推定されたトレンド値または時系列モデルの長期予測が、伸縮価格での均衡金利(つまり自然利子率$${\bar{r}}$$)に対応すると仮定

2. 債券価格モデルから長期実質金利の期待値を抽出する
・ Christensen and Rudebusch (2019)、D’Amico, Kim, and Wei (2018)
・ この手法でも、利子率の長期予想が、価格硬直性に介在する要因への感度が低いことが期待される
・ 資産価格モデルからの長期的な実質金利の予測を抽出するが、モデルの誤識別 (タームプレミアムや流動性プレミアム) に脆弱
・  このクラスのモデルは高頻度で実装でき、債券市場が示すリアルタイムの長期金利を提供できる

3.構造モデル内で伸縮価格の均衡金利を求める
・ Cúrdia et al. (2015)やDel Negro et al. (2017)のDSGEモデル、U.S. OLGモデル内のPlatzer and Peruffo (2022)
・ この手法はモデルの誤識別に特に敏感。自然利子率の要因を分解して説明できる一方で、標準的なDSGEモデルが示す短期の均衡実質金利は、金融政策の姿勢と複雑な関係を持つ(Box1)

4.Semi structualな手法
・Laubach and Williams (2003)、Holston, Laubach, and Williams (2017)
・自然利子率$${\bar{r}}$$の推定に最も近いが、こちらもモデルの誤識別に脆弱であり、不正確な推定結果をもたらす可能性(Kiley 2020b)
・ Kiley (2020a) は時系列、資産価格、半構造的手法を組み合わせている

■  中央銀行が自然利子率をある程度正確に特定でき、供給ショック(例えばCOVID-19)を考慮に入れても、中立金利を特定することは依然として困難
・合理的期待(個人の決定が、利用可能なすべての知識に基づいてマクロ経済にもたらす影響を推測しようとすること)と信頼性のある金融政策ルール(例えばTaylorルール)を前提とした単純なモデルでは、政策金利を自然利子率に基づいて設定するだけで、物価の安定を実現するか、短期的なインフレと失業のトレードオフの望ましいポイントを達成できるかもしれない。しかし、一般的にはこのような見解は過度に単純化されている

■   問題の一つは、金融状況が経済モデルの想定する金融政策の設定から乖離する可能性があることで、これによりインフレに対する利上げまたは利下げの対応が必要になる場合がある
・ 例えば、政策金利と長期金利の動きが乖離する場合。特に小規模な開放経済においては、為替レートの動きも金融状況に関連し、為替レートは金融政策に加えて他の金融要因によっても動かされる
・ 実際に、インフレや金融状況の変化は、家計や企業の消費や生産にかかる実質コストを変え、中立金利にも影響を与える(Obstfeld and Zhou 2022)。最近のDSGE モデルでは金融摩擦が取り入れられており(例えばDel Negro et al. 2017)、金融状況が物価安定政策に与える影響に焦点を当てた研究も行われている (Akinci et al. 2023)

■  単純な理論分析では、財政政策や他の政策によって金融政策の動学的整合性を排除されたと仮定する傾向がある(Box1の仮定など)
・しかし、これは現実に当てはまらない。政策立案者と市場の間のゲームは複雑であり、特にインフレ期待が固定されていない場合はさらに複雑
・ 民間主体がインフレがインフレ目標を大幅に上回ると予測する場合、中央銀行がインフレ期待を目標に戻そうとするならば、名目中立金利は名目自然利子率(実質自然利子率に民間のインフレ期待を加えたもの)をかなり上回る必要があるかもしれない
・ 実際、中央銀行が民間のインフレ期待を評価すること自体がリスクを伴う。例えば、市場ベースのインフレ期待指標や調査に基づいて政策金利を引き下げた場合、経済主体はその動きをインフレ抑制への意志の低下と見なし、期待を再び上昇させる可能性がある。しかし、政策立案者が名目政策金利によって示唆される実質政策金利を評価するためには、公共のインフレ期待に対する見解を持つ必要。
・中央銀行が政策をインフレ期待の指標に完全に依存する場合の不確実性の可能性はBernanke and Woodford (1997)によって分析されており、解決策としては、中央銀行がより広範な経済指標に基づいて決定を行う必要があると指摘している

■  どの資産市場が金融政策金利の調節装置として最も適切かについても概念的な意見の相違がある
・ Reis (2022)は、民間資本のリターンが債券金利よりも中立金利のベンチマークとして適切であると主張
・ しかし、Vissing-Jorgensen (2022) が強調するように、長期間にわたる資本の平均リターンはリスクプレミアムも反映。株式リスクプレミアムがGFC 後に上昇し、2021年まで持続的なデフレ圧力が続いた環境ではこのことが重要
・ したがって、資本のリターンは中央銀行の短期安全利子率に対しては高すぎるベンチマークと考えられるが、政府債券の安全利子率が低すぎるベンチマークである場合もあります

■  これらに加えて、自然利率や中立金利の推定は信頼区間が広範になるという実証的問題がある (例えばKiley 2020b)

■  開放経済における自然利子率
●    Obstfeld (2020) は、実質利子率が国際的に決定される場合、閉鎖経済モデルに基づく測定方法が誤解を招く可能性があると主張している。貯蓄と投資の国内の均衡、あるいは国内支出と完全雇用生産の均衡に基づく閉鎖経済のアプローチは、国内貯蓄と国内投資が一致する必要がない場合、あるいはその国が財・サービスの純輸出の黒字や赤字を計上できる場合には正しいとは言えない
●    国内の貯蓄と投資の変動に加えて、資産の選好に対する外部ショック(例えば、資本流入や流出の急増)も、国内の金融状況(特に利子率)や金融政策に影響を与える
・ 新興国市場に国際的な資産市場のリスク志向による資本流入があるとする。これは、国際的な金融循環の好況を表す
・ これにより、国内の自然利子率が低下する可能性があるが、インフレ圧力を抑えるのに十分な通貨の上昇がない限り、長期国債の利回りの低下にも関わらず、政策金利の中立的水準が上昇する可能性がある
・  2000年代における米国の安全資産利率の低下は、外国の公的部門における資産選好の変化に部分的に影響されたものであり、Fedの中立金利の目標を引き下げるのではなく、引き上げるべきだった可能性がある

■    金融摩擦や資産選好ショックのない伸縮価格モデルでも、対外収支に言及せずに自然利子率を定義することはできない。財は輸出または輸入される可能性があり、貿易財市場は国内で均衡する必要はない。非貿易財市場を均衡する実質国内利子率は、国内生産と一致する必要のない貿易財の消費に依存
・Salter、Swan、およびCordenによる古典的な「依存経済」モデルでは、貿易財価格は世界市場で決定され、そのため実質為替レートは貿易財に対する非貿易財の相対価格pのみに依存する(図21)
・均衡Aでは、消費者の無差別曲線が生産可能性フロンティアと接し、消費は貿易財と非貿易財の生産と一致し、純輸出はゼロになる
・しかし、均衡Bでは、総支出が所得を超えており、経常収支が赤字となっているため、消費点CBは生産点PBと異なる。非貿易財の相対価格pが高くなると、追加の非貿易財を生産する。生産を超える貿易財の超過需要は、輸入を通じて賄われる

■    貿易財と非貿易財の2財モデルを考えることで、国内の実質利子率との関連性を考慮できる
・期待インフレ率の均衡経路および実質利子率は、純輸出の期待経路に依存する。他の条件が同じならば、輸出黒字が高いほど、非貿易財および貿易財の需要が低く、非貿易財の均衡相対価格が低く、CPI(貿易財基準)が低くなり、期待インフレが高く、実質消費利率が低くなることが分かる
・開放経済における重要性は、実質自然利子率が国内の均衡(完全雇用と物価安定)だけでなく国際的な均衡とも整合している必要があること。完全雇用オイラー方程式から自然利子率を読み取る試みは、「自然な」純経常収支バランスに関する情報なしでは機能しない。この概念的に把握することは非常に困難である
・ここで、実質為替レートが重要な役割を果たす。実質為替レートと実質利子率の経路は、最適な経常収支と完全雇用とを一致させる国内の支出レベルを確保するように整合しなければならない
・小国が外生的な実質利子率に直面しているモデルにおいて、経常赤字の増加は自然利子率の上昇と関連している。モデルの仮定により、赤字が国内需要によって引き起こされるから
・他の設定では、たとえば輸出需要が有限の価格弾力性を持つ場合、国内赤字の増加が国内実質利子率の低下と関連することもある。例えば、一時的な資本流入の増加が急激な通貨価値上昇と国内景気後退を引き起こし、国内金融政策が変更されない場合、国内の自然利子率と実質中立金利が低下する可能性がある。
・開放経済では、推定された定常状態の均衡実質利子率は、国家の健全性を確保するために必要な経常収支バランスの調整を反映すると推定される。そのため、標準的な実質利子率推定が短期的な物価安定化を目指す利子率から逸脱するのももっともなことである

■    開放経済における推定アプローチ
・いくつかの研究では、自然利率や中立利率の推定に外部要因を取り入れる試みがなされている
・Rachel and Summers (2019)は、OECD加盟国を一つの閉鎖ブロックとして扱っている
・Wynne and Zhang (2018)は、日本と米国の中立金利が国内外の成長に依存する枠組みの中で同時に推定される、二国間のLaubach-Williamsモデルを開発した。外国の成長が国内中立金利に大きな影響を与えることを示唆している
・Del Negro et al. (2019)やKiley (2020)は、7つおよび13の先進国のサンプルからグローバルトレンドを抽出する時系列アプローチを実施
・米国の実質利率に関する論文で、Platzer and Peruffo (2022)は、貯蓄への正の外生的なショック(外国の貯蓄の移転)として純資本流入を導入し、米国の実質利子率に与える影響を推定している。実質自然利子率に対する純資本流入の影響は小さいものの、概してMetzlerモデルの予測と一致しており、資本流入が国内の事前の貯蓄-投資ギャップの低下ではなく、国外の事前の貯蓄-投資ギャップの上昇によって引き起こされる場合、流入は自国の自然利子率を抑制することが示唆されている
・時系列と構造モデリングアプローチを組合せたCesa-Bianchi, Harrison, and Sajedi (2022)は、共通トレンドの枠組みを使用して、国際的な自然実質利率と、その利率に関する5つの観測可能な要因のグローバルトレンドを推定。サンプルである31の高所得国(世界経済を構成すると仮定)に対する世代重複モデルの定量的なシミュレーションは、過去数十年間の実質利子率の低下の主な要因として、生産性の低成長と寿命の延びを示唆


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