モルスタ富安弘毅氏による「日本国債入門」の書評

私が大変尊敬している富安弘毅氏(モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社 マネージングディレクター 債券統括本部ヘッド・オブ・フィド・リスク・アジア)に日本国債入門の書評を記載してもらいました(今月の「証券アナリストジャーナル」に掲載されています)。富安氏の「カウンターパーティーリスクマネジメント」はデリバティブについて包括的に記載された書籍であり、是非、手元に置いておくことをお勧めします。

以下が記載いただいた内容ですが、許可をいただき転記します。

** 以下、その内容

日本の金融の根幹をなすと言っても過言ではない日本国債について、基礎から応用まで幅広くカバーした良書である。日本国債というと、様々な書籍が既に出版されていると思われるかもしれないが、実際に実務家の机の上に並ぶような入門書はそう多くない。本書は、新たに金融実務に携わろうという方にとって必携の書となるだろう。

日本国債取引には長い歴史があるが、金融業界を取り巻く環境は近年大きく変化した。バーゼルの自己資本規制、金融危機後の規制強化、LIBOR改革と、様々な変化が起きる中、規制動向やリスク管理の変化に触れずに金融を語ることは不可能になっている。日本国債市場も同様に変化してきているが、本書は、こうした実務面での変化を踏まえながら書かれており、従来型の日本国債の教科書とは全く異なった構成となっている。

転職の多い海外では、産学の人材交流が頻繁に行われることもあり、実務に直結した専門書が多数出版されている。しかし、日本ではこれまで、基礎的な理論中心のアカデミック寄りの教科書が多かった。コンプライアンス意識の高まりにより、実務家が本を執筆するにしても、社内の承認が得にくいという事情もあるのだろう。そのような状況の中、本書は実際に金融の現場で働く実務家にとっても、日々業務で触れる内容がふんだんに扱われており、極めて参考になる内容となっている。著者は、豊富な実務経験を持つのみならず、最新動向について多くの実務家のフィードバックを得ているものと思われ、現場で日々話されているトピックが随所に盛り込まれている。

以前は、金融の実務で使う専門用語の多くは、金融の教科書に書いてあるわけでもなく、現場で人に聞きながら習得していくしかなかった。このため、外の世界から見ると非常にわかりにくいことも多かった。本書では、アモチ玉、ロールダウン効果、5糸強など、現場で頻繁に使われる言葉が丁寧に説明されており、金融の現場に身を置いたことのない方や、これから金融業界で働きたいという方にも有益だろう。

ほかにも、リスク管理の役割、セールスの役割、生保や年金の投資行動、金利スワップとの関係まで、実務家のインプットなしには書けない内容が幅広く盛り込まれている。また、銀行や生保がどのようなリスク管理を行っているか、どういった規制に縛られているか、それによってどのような投資行動を取るかといった内容は、国債市場を理解するうえで不可欠である。しかし、こうした内容は一般的な教科書では扱われておらず、証券会社のリサーチレポートで紹介されるくらいである。これらすべてを網羅する本書のような専門書はこれまでなかったのではないだろうか。

しかも、LIBOR改革、YCC、指値オペなどの最近の動向までを踏まえたうえで記述されている。参考文献で自身の論文や記事を多数参照していることから明らかなように、著者が、日本国債のみならず、幅広い最新の金融動向に通じていることがうかがわれる。そして、従来の国債に関する専門書とは異なり、アセットスワップ、通貨ベーシス、レポなどについても十分な記述があり、デリバティブ取引に携わる実務家にとっても参考になる内容となっている。ドル調達コスト、通貨スワップについての記述も単なる理論の説明にとどまらず、最近の市場の動きや、規制のマーケットインパクト、外国人投資家による短期国債の購入などについても触れられており、市場の動きを理解するには欠かせない情報も含まれている。

そして、専門用語の多い金融の専門書ながら、初出の専門用語については、必ず説明を加えるか、のちに説明するとして、確実に読者が理解できるように配慮されている。出典なども丁寧に示されており、章末の参考文献によって理解を広げることもできる。巻末の事項索引を見ても、債券関連実務で使われる言葉のほとんどが網羅されている。実務家にとっては毎日当然のように使っている言葉であるため、それをいちいち説明せずに読者が混乱することが多いが、本書では金融業界の経験がない方でもすんなりと入っていけるだろう。その意味では、金融の実務家のみならず、金融業界について学びたい学生にとってもわかりやすく書かれている。また、実際のデータやグラフが数多く含まれており、臨場感を持って市場が理解できるような工夫が凝らされている。

新NISA導入により投資の世界に興味を持つ方も増えているようだが、個別の株式分析だけでは、マクロの動きをつかめない。どんなに業績の良い会社であっても、全体的に株式が売られれば、それにつられて株価は下がることもある。その意味では、すべての基本に金利の動きがあり、金融政策や日本国債のマーケットの動向を抑えておくことは非常に重要である。本書は、これから投資を始めようとする個人投資家はもちろん、投資経験者にとっても役に立つだろう。

急速に変化し、ますます複雑化する金融においては、あらゆる影響を考慮してマーケット全体を理解することが重要になっている。まずは本書から始めて、本書で紹介されている参考文献で知識を広げていけば、金融を体系的に理解できるだろう。その意味でも、難解な内容を平易な言葉で説明できる本書の著者には、別トピックでもさらなる著作を期待したい。

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