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映画『初仕事』公開に寄せて

油彩画を主として展覧会での発表を軸に、挿画や文筆も手掛ける画家の平松麻さんより本作への寄稿文を寄せていただきました。



 なかなか晴れ渡らない翳りが室内にこもっている。暗さがとどこおっているのは、赤ん坊と妻を亡くした安斎の呪詛のような喋りのせいか。それとも冷蔵庫にしまわれた赤ん坊の止まった存在のせいか。
 死んだ赤ん坊を、写真に焼きつけて永遠にしたいという安斎の願いを、新人カメラマンの山下が引き受けることになった。遺体を他人が撮影することは、果たして非常識なことだろうか。わたし自身、納棺前のある遺体を葬儀場スタッフのメモ帳をちぎってもらい、スケッチしたことがある。その時、「今」という時間が強烈にきわだったことをよく覚えている。

                                  ©水ポン/『初仕事』

 山下と被写体である赤ん坊だけの約3分程のシーンは、光が充満してえもいわれぬ幸福感で溢れていた。冒頭からスモーキーな色調が続くさなか、唐突に差し込まれる山下の明るい内的世界は、宙ぶらりんの時空であった。虚像であれ、山下にとっての実像であれ、彼なりの「ほんとう」に近づくいっとき。真っ白なうぶさに目が眩んだ。「ほんとう」に触れそうになる瞬間はいつでも唐突に迫り、唐突に去っていくもので、その瞬間を見逃さなければ、人は溶け出していくことができるのだろう。

                                  ©水ポン/『初仕事』

 小山監督の静かな獰猛性も唐突に画面に現れ、それがとても魅力的だった。例えば、山下を投げ飛ばす時にほんの一瞬映りこむ安斎の直線的な目つきの描写。カメラを窓から笑んで放り捨てる安斎の残酷さ。赤ん坊をしまう冷えたガラスケースの結露の危うさ。煽るようなめいっぱいの光。亡き妻の生写しの女子高生の不自然なアテレコで虚像をからかうユーモアも然り。
 この自主映画の「仕事」ぶりは、これから染まっていく初々しい白ではなく、何にも染まらんとするうぶの豪毅さである。それは、安斎が纏うシャツの毅然とした白さや、山下の初仕事に向きあう純白の生真面目さと重なる。
 制作から8年をかけて劇場公開にたどりついた製作陣の「初仕事」が物語と絡み、映画の中に根を張って埋まっている。

平松 麻(画家)



第33回東京国際映画祭 TOKYOプレミア2020 正式出品作品
第21回 TAMA NEW WAVE コンペティション グランプリ&男優賞

映画『初仕事』
2022年7月2日 新宿K's cinemaほか 全国順次ロードショー

”最愛の人の死を、どう受け止めるのか”
初めて任された仕事は、赤ん坊の遺体撮影だったー。
若きカメラマンと依頼主の父親。奇妙な交流で綴られる、喪失と再生の物語。

写真館のアシスタントである山下は、赤ん坊の遺体の撮影を人づてに依頼される。
赤ん坊の父親であり依頼主でもある安斎は、始め若い山下に戸惑うも、正直で実直な山下に心を許し、撮影が始まる。

公式サイト:https://www.hatsu-shigoto.com/
Twitter:https://twitter.com/FirstJob8

©2020 水ポン 94min/カラー/DCP/ステレオ

監督・脚本・絵コンテ・編集:小山駿助
出演:澤田栄一 小山駿助 橋口勇輝 武田知久 白石花子
   細山萌子 中村安那 竹田邦彦
撮影:高階匠
照明:迫田遼亮
録音:澤田栄一 小山駿助
美術:田幸翔
衣装:細山貴之
音楽:中村太紀
助監督:田幸翔 逵真平
英語字幕:須藤英理菜
宣伝デザイン:中村友里子
ホームページ:居石康裕
プロデューサー:田幸翔 角田智之 細山萌子
配給宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
配給協力:ミカタ・エンタテインメント

「相手の気持ちが、わかってしまった
自分の気持ちが、うつってしまった―」

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