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(戯曲)誰かの記憶喪失

『誰かの記憶喪失』

作〇青木文太朗

友人

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 昔


男 「気にするな、星の数ほどいるさ、女なんて」
友人 …自分で言うのか
男 もし俺が今のお前だったらなんていうのかなって。
友人 五七五で言ってくれ。
男 …
「気にするな、女なんてさ、星の数」
友人 「また次あるから、今日は泣きなよ」
男 …気持ちわりぃ。
友人 お前が始めたんだろ。
男 なんでこう、ありきたりな言葉しかでてこないのかな。
友人 ありきたりってことは、それだけ真理に近いのかもしれない。
男 真理も自分に対して言ってると全く響かない。
友人 「元気出せ、夜空の星が、見ているぜ」
男 なんだそれ。
友人 詩的なセンスは無いみたいだ。
男 そうだな。
友人 少し自暴自棄に見える。
男 そうもなるさ。
友人 呼んでくれてありがとう。一人で川に飛び込みでもされたらたまったもんじゃな い。
男 そうすればよかったか。
友人 入水自殺は二人でやってくれ
男 その相手に逃げられたんじゃどのみち死ねないか。
友人 …上手くいってるように見えたのにな。
男 …上手くいってたさ。
友人 サチさんも惜しいことをしたよ。お前みたいな男そうそういない。
男 ありがとう。
…そうだな。そうそういない。だからフラれた。
友人 そうなのか。
男 …被爆二世なんだ。おふくろが広島で被爆してる。だから、だめだって。
友人 …
男 そういうのがあるって聞いてはいた。けど親父はおふくろと結婚してるし、俺広 島にはいったことないから実感なかったんだよな。いざ自分のことになると、シ ョックとかよりどうしていいかわからない。
友人 …。
男 突然悪い。隠してたわけじゃなくて特段言うことじゃないと思ってたんだ。お前 にも、サチにも。けどそうじゃないんだな。
友人 ……おふくろさんが被爆。
男 ああ。原爆だ。
友人 原爆…。
男 広島に住んでたら特別なことじゃない。爆弾が落ちた後で街に入った人も多いし …
友人 広島に原爆が落ちた。
男 ああ…。どうした?
友人 お前こそどうした。
男 ?
友人 や、俺の知識不足かもしれんが…、ぃやそんなことはない、
男 なにさ。
友人 俺の知ってる限りではな、広島に原爆は落ちてない。
男 ……は。
友人 実戦で原爆は使われてない。第五福竜丸が唯一の被爆例だ。あれはアメリカの核 実験の巻き添えだった。広島の街に原爆ってのはあり得ないぜ。
男 ……
友人 …大丈夫か
男 …広島に原爆が落ちてない?
友人 …ああ。
男 それはお前、常識がなさすぎるよ。え?むしろ知らない方が常識なのか?どうな ってんだ…。
友人 おい。
男 原爆が落ちてないわけがないだろう。皆知ってる。何十万人が死んだと思ってる んだ。
友人 落ち着けよ。じゃあ広島に原爆はいつ落ちたって言うんだ。
男 一九四五年八月六日。
友人 大東亜戦争。
男 八月六日に広島、八月九日に長崎、原爆は二発落とされた。
友人 アメリカがか?
男 そうだ。
友人 だったら余計にあり得ないね。二発も原爆が使われてるなんて信じられん。
男 本当だ。
友人 お前本当に大丈夫か?フラれて落ち込んでるのはわかるさ。けど原爆だなんて…、 言っちゃいけねえ冗談もあるんだぜ。
男 俺は冗談なんて言ってない。
友人 おいおい。
男 お前こそ冗談はやめてくれ。馬鹿にされるのはもうたくさんだ。好きで被爆二世 になったわけじゃない。どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ。
友人 酔ってるなぁおい。
男 俺だって知らないさ、原爆のこと。何も知らない。俺には関係ない。けどサチの 親父は許さなかった。被爆二世だからって。お前みたいなののに渡すわけにはい かないって。汚れてるのか。ならそう言ってくれよ。忘れたふりをしないでくれ よ。都合いい時だけ思い出すなよ。俺には関係ないのに…。なかったことにした いのに…

 友人、困っている。
 男、慟哭する。
 溶暗。

 男は起き上がる。
 ズキズキする頭のまま会社に向かう
 家を出てから会社までの道のり、会社での仕事。周りの様子からは「広島 に原爆が落 ちたかどうか」を知ることはできない。ただいつも通りの日常 だ。

 仕事中、不安になった男は職場の後輩に問う

男 …なあ。
後輩 はい。
男 8月6日何の日かわかるか?
後輩 8月6日?
 (やや考え)ぃや、わかりません。なんなんですか?
 男 や、そうか。ならいいんだ。

 男は仕事に戻る。
 後輩もいぶかしげにしながらも仕事を続ける。
 男は仕事に集中できない。もう一度後輩に声をかける。

男 なあ。
後輩 なんですか
男 …原爆が落ちたの、知ってるか。広島と長崎に。
後輩 原爆、ですか?
 ……それ何の映画ですか?
男 …映画じゃない!
後輩 …すいません。

 後輩、仕事に戻る。
 男、仕事どころではない。

 男、帰宅中も不安は増すばかり。
 男、たまらず図書館へ向かう。

 図書館にて戦争に関連する本を調べる。
 男、広島と原爆に関連する記述を見つけられない。

司書 何をお探しですか?
男 原爆について書いた本、無いですか?
司書 原爆…、第五福竜丸についての本ですか?
男 いや、広島。広島と原爆についての本です。
司書 広島と原爆…、少々お待ちください。

 司書、困惑しながら奥へと向かう
 男は一人取り残される。
 男は待つが、誰も戻ってこない。
 男は、一人だ。
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