フラッドマークの公子
けぶる水面にハスの花が開き、青い香りを漂わせる。
まだ昇り切らぬ日差しの中をフナやライギョが泳ぎ回り、淵にはナマズが潜む。網を仕掛け終えた漁民がヤスを手にそれらを狙うが、不用意に暗がりに踏み込めばミズチやワニが待ち構える。
水路をわたる風が大葦の群落をざわめかせると、驚いたウンカやバッタの類が飛び回り、葦の上のヨシキリやセッカ、根元に棲むカエルがそれを啄んでは、ヂッヂッギュイギュイ、ヒッヒッヒッ、コッコッコッコッコッと鳴き声を響かせる。
諸王国の南部世界を覆う氾濫原、全てが流れ込む土地、オラトリア大湿原の朝だ。
徐々に暑さを増す空気の中、飛沫をあげて馳せる巨大な影があった。
それは騎士だった。やけた肌に革鎧をつけ、腰に宝剣、首までを覆う頭巾に赤玉を頂く冑を乗せ、藁色の髪がこぼれる。
だが異様なのはその乗騎だ。つややかな眼と巨大な鎌腕を持つ甲殻騎獣ーーー大蝦蛄。
湿原の若き守護者、沼地の騎士レクサである。
(つづく)
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